eぶらあぼ 2022.10月号
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第96回 「BTSに悩まされながら、英断のNDAの韓国へ」 8月は韓国へ行っていた。しかし日韓政府の実質イヤガラセの応酬のため韓国入国にビザが必要になってしまい、えらい目に遭った。一度に数百・数千のビザ申請があり、韓国大使館の業務がパンクしてしまったのだ。大使館前の行列はテレビでも報じられた。加えて6月に超人気グループBTSの活動休止宣言が出てしまい、なんとかコンサートに駆けつけようとファンが怒濤のように押しかけたので常軌を逸する事態に。予約制にするなどの対応策も焼け石に水で、急遽「期間限定でノービザOK」が発表された(オレはギリギリビザを取得していた)。コロナだけでも面倒くさいのに、政治は余計なことをしないでほしいものだ。 さて韓国へ行ったのは、オレが公式アドバイザーをしている国際ダンスフェスティバルNDA(New Dance for Asia)に参加するためだ。この2年間はコロナで行けなかった。今回で11回目を迎えたのを機に芸術監督のユ・ホシクYu Hosikはある決断をしていた。それは今回から開催地をソウルから、彼の地元である大邱(テグ)広域市に完全移行させたことである。 大邱は韓国の東南部に位置していて、ソウル、釜山に次ぐ韓国第三の都市である。国際空港もあり文化への助成も手厚い。大邱市立ダンスカンパニー(DCDC)は韓国で唯一ダンサーを常時雇用している公立カンパニーだという。 もともとNDAは海外のフェスとの強力なネットワークを最大の強みとしているので、開催地にこだわる必要はない。さらに物価の安い大邱のほうが費用は少なく抑えられるし、韓国舞踊界の世知辛い競争からも距離を取り、本当にやるべきことに集中できる。英断だと思う。 プログラムも多彩で、海外フェスからの招待公演、大邱の若いダンサー達の公演、ソロダンス特集、さらにスペインの国際フェスティバル「マスダンザMASDANZA」のセレクションがあった。本連載でProfileのりこしたかお/作家・ヤサぐれ舞踊評論家。『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』『ダンス・バイブル』など日本で最も多くコンテンポラリー・ダンスの本を出版している。うまい酒と良いダンスのため世界を巡る。http://www.nori54.com180もシンガポールのフェスが名前と体制を変えたことを書いたが、マスダンザも今年からガラリと内容を変えるという。どのフェスもコロナ禍を経て、改めて自分たちの本質を問い直し、歩み出しているようだ。 さてマスダンザ・セレクションの審査員は、同フェス芸術監督のナタリア・メディナNatalia Medinaと、DCDCの芸術監督キム・ソンヨンKim Sung Yong、そしてオレである。開催地であるスペインのカナリア諸島に招待されるマスダンザ賞はイ・ダキュムLEE Dakyum。韓国に多い女性デュオだが、動きのみならず舞台空間全体を構成する成長を見せていた。来年のNDAで招聘公演ができる審査員賞には日本から参加した南阿豆(みなみあず)が受賞した。震災の記憶や傷が癒えてかさぶたになる様を、醜い衣裳を脱ぎ身体ひとつで舞台に存在する力強さをもって描いた作品。そして観客賞はパク・チャンヤンBaek Chanyang。これも女性デュオで、まだ動きを考えるだけで精一杯な感じだったが、才能を感じさせる。 さてオレは今号が出る9月にイタリアのフェスティバル「コンポラ/コンテンポラ」へ行ってくる。リトアニアに続き、日本のダンスについてのレクチャーを依頼されているのだ。昨年まで渡航はゼロだったが、今年は急に4ヵ国。だがコロナ前に戻ったわけではない。コロナは今後も続いていく。そのなかでの「日常」をなんとか取り戻さなくてはならない。それにはまず「身体を通して考える芸術であるダンス」は、大きな存在になっていくだろう。乗越たかお

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