31取材・文:加藤浩子ングなレパートリーがあって幸運だと思います」 彼女にとって、オペラ歌手である喜びはどこにあるのだろう。 「オペラ歌手という仕事の喜び、歌うことの喜びは、その瞬間に私が感じている想いを音楽が運んでくれ、私を満たしている感情を伝えることができるという特権があるのです。私の感情は観客が持っている感情とは違うかもしれませんが、それでもアーティストと観客が感情や表現でつながれること、これが私にとっての最大の喜びです」 今回はオペラ・アリアと歌曲、二通りのプログラムが組まれた。特に歌曲のリサイタルはいつもチャレンジだという。 「今回のプログラムを選んだ理由は、まず今、うまく歌える自信のある作品であること、二つ目にピアニストがチャールズ・スペンサーであることです。今回の曲目はすべて彼と一緒に演奏したことのある曲で、特に歌曲に関してこの点は重要です。 歌曲のリサイタルはオペラ・アリアのリサイタルよりもずっと難しいものです。歌曲は比較的短い曲で、およそ1時間半の舞台で、聴衆は一つの声しか聴きません。聴き手を退屈させることなくそれぞれの曲をあるべき姿に見せるには、膨大な知識、個性、そして思考が必要なのです」 初来日は2000年。「偉大な人格」だと尊敬するエディタ・グルベローヴァと共演したデュオ・リサイタルだった。以来、日本と日本の聴衆には深い敬意を抱いているという。 「グルベローヴァとともに果たした日本デビューは忘れられない経験でした。終演後の聴衆の方々の反応に魅了されたのです。サイン会は1時間半から2時間も続き、みなさん私にも挨拶をしてくれました。日本の聴衆ほどクラシック音楽を愛していて、コミットしてくれる聴衆を他に知りません。 だから、日本に帰ってこられるのが本当にうれしいです。そしてコンサートで皆様にお会いできることをとても楽しみにしています。日本の聴衆は私を幸せにしてくれます(うまく答えられていなくてごめんなさい…!)」Profile1991年ザルツブルク音楽祭にデビュー。ウィーン国立歌劇場には《セヴィリアの理髪師》ロジーナ役でデビューし高い評価を受ける。以後コヴェント・ガーデン、チューリッヒ歌劇場、ベルリン・ドイツ・オペラ、ミラノ・スカラ座、バイエルン国立歌劇場、パリ国立オペラ、フィレンツェ五月音楽祭、ペーザロ・ロッシーニ音楽祭などに出演し、アーノンクール、コリン・デイヴィス、小澤征爾、バレンボイム、ムーティ、サヴァリッシュなど巨匠たちと共演。アーティストと聴衆が感情や表現でつながれることが、オペラ歌手であることの喜びです 深く濃密で心に響く声と驚異的なテクニックを併せ持ち、30年以上世界の第一線で活躍するメゾソプラノ、ヴェッセリーナ・カサロヴァ。5年前から故郷ブルガリアのスタラ・ザゴラ国立歌劇場の芸術監督も引き受け、若手の育成にも情熱を注ぐ。久しぶりの日本公演では、オペラと歌曲、二通りのプログラムで「いま」を聴かせる。 「4歳でピアノを始めましたが、オペラ歌手になろうと決心したのは18歳の時です。オペラでは歌と演技が一体になっています。私は演技にも魅了され、この分野で何かを表現したいと思ってオペラ歌手になる道を選びました」 1989年にチューリヒ歌劇場の専属となり、90年代に輝かしいキャリアを築いたが、ターニングポイントになったのは92年にザルツブルク音楽祭で名歌手マリリン・ホーンの代役で歌った《タンクレーディ》の大成功だった。 「92年のザルツブルク音楽祭で、マリリン・ホーンの代役として歌ったロッシーニの《タンクレーディ》は、おそらく私のキャリアで最も重要な事件でした。芸術監督のジェラール・モルティエにオファーされ、即座にイエスと答えたのですが、私はこの作品を知らなかった。図書館に行って楽譜を借り、2週間でこの役を頭に叩き込まなければなりませんでした。私の芸術家人生で最も困難な仕事だったと思っています」 長い年月にわたり、第一線で歌い続けられる秘訣とは。 「重要なのは基礎となるテクニック、発声法だと思います。自分にとって早すぎる役を試してはいけません。断らなければならないことも多いのです。また健康は重要です。肉体的、物理的にすべてに対応できるかどうか。たとえば、日本に来た時の時差ぼけに対応できるかどうかも大切なのです。 病気の時には歌ってはいけません。たとえばステロイドを注射しなければならないような時に。声を大切にし、規律をもって生きなければならないのです」 30年の間にもちろん「声」は変化し、取り組む役柄も変わってきた。 「私の声は、ごく自然によりドラマティックなものへと変わりました。よりドラマティックな表現ができるようになったと言ってもいいでしょうか。いま歌いやすいと感じる役柄も、たとえば《イル・トロヴァトーレ》のアズチェーナ、《ドン・カルロ》のエボリ、《トロイアの人々》のディド、《サムソンとデリラ》のデリラなどです。将来は《スペードの女王》の老伯爵夫人などにチャレンジしてみたいです。メゾソプラノは、長いキャリアの後でも歌えるとてもエキサイティ
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