eぶらあぼ 2022.6月号
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25取材・文:伊熊よし子 来日公演のたびに新たな視点を見据えた斬新な演奏を聴かせるアリス゠紗良・オットが、演奏と映像作品のコラボレーションを展開する「Echoes Of Life(エコーズ・オブ・ライフ)」と題したコンサートを行う。これは先ごろリリースされたCDとリンクしているプログラムで、ショパンの「24の前奏曲」(全曲)の合間に7つのインタールード(間奏曲)が挟み込まれるスタイル。7曲はそれぞれアリスに影響を与えた作品で、彼女の生き方を映し出し、そのときどきの精神状態をも表現し、人生の旅路ともなっている。その7曲を説明してもらうと…。 「3年ほど前からショパンの『24の前奏曲』のすばらしさに目覚め、録音したいと思うようになりました。各曲は短いのですが、個々のキャラクターがとても個性的で人生のひとこまのよう。全体を俯瞰すると人生の旅路を思わせます。私も病気を経験し、自分の人生と真正面から向き合うことを余儀なくされました。そのときに7曲を間奏曲のように挟み込んで、人生の旅路を表現したいと考えたのです。  まず、友人のフランチェスコ・トリスターノには、バッハの前奏曲を彷彿とさせる曲を依頼しました。『イン・ザ・ビギニング・ワズ』は私の子ども時代、ピアノと出会ったころを表しています。ジェルジュ・リゲティの『ムジカ・リチェルカータ第1曲』は子ども時代に何でも“ノー”と言って親を困らせていた反抗期を意味し、それがあるとき“イエス”に変わる。最後に新しい音が出てくる、そこがポイントです。ニーノ・ロータの音楽は映画音楽でずいぶん親しんできました。『ワルツ』は10代のナイーブで悩み多く、自分が悲劇のヒロインになったような思いを抱いていた時期を思い起こさせてくれます。チリー・ゴンザレスの『前奏曲』は、思春期から大人になり、自分の行動に責任を持たなくてはならない、そんな私を表現しています。『雨だれ』のあとに演奏しますが、曲の流れがとても自然に聞こえると思います。ゴンザレスはとてもファンタスティックな人でショーマンシップもありますが、ふだんは物静かで地に足の着いた人。教育活動も盛んに行っていますが、うまく教えるコツを知っていて、人とつながることがとてもうまい。ミュンヘンのチャリティコンサートで知り合い、いまはよき友となっています。 武満徹の『リタニ』は、私にとって大きな指針となっています。彼は『音楽は私のアイデンティティを見出す上で大きな助けとなる』ということばを残していますが、まさに私の気持ちを代弁してくれることばです。ですから、この曲は私にとって特別な意味をもっています。アルヴォ・ペルトの『アリーナのために』は、親密的でとても深い内容を備えています。病気が判明したときには自分のもろさに気づき、自信を失うこともありましたが、やがて生きていく自信を取り戻すことができました。この曲は耳を開いて最新の注意を傾けないと真意が理解できません。私も自分の音をしっかり響かせるようにしています。そして私がモーツァルトの『レクイエム』をアレンジした『ララバイ・トゥ・エターニティ』は、自分への問いかけです。と同時に、聴いてくださる方たちも自分の人生への問いかけをしてほしいのです。それぞれの人生を振り返り、ちょっと歩みを止めて考え、さらに前に向かって進んでほしい。今回はイスタンブールで出会った建築家、ハカン・デミレルの映像とのコラボレーションでコンサートを構成し、音楽が鳴っている間ずっと映像が流れます。音楽と共鳴し、感情の揺れを意味し、それぞれの旅へといざないます。当初は私の人生の旅を表現する形だったのですが、各地で演奏するにつれ、聴き手のみなさんたちとの旅へと変化してきました。日本のみなさまがこの試みにどのような反応を示してくれるのか、とても楽しみにしています」 アリス゠紗良・オットが人生の物語を奏で、聴き手を旅路にいざなうコンサート。聴くだけではなく参加する、共鳴するひとときになりそうだ。Profileクラシック音楽界で、最も独創的精神の持ち主のひとりであるアリス゠紗良・オットは、アルバム『エコーズ・オブ・ライフ』リリースとともに、世界ツアーで2021/22シーズンを開幕。10枚目となる本アルバムは、ショパンの「24の前奏曲」を中心に、リゲティ、ロータ、チリー・ゴンザレス、武満徹、ペルト、トリスターノ、そしてオット自身による7つの曲を織り込んだ。『エコーズ・オブ・ライフ』は、『ナイトフォール』『ワンダーランド』『ザ・ショパン・プロジェクト』といったアルバムの結果として生じたものであり、総ストリーミング数は1億5千万回を超える。映像と音楽が共鳴し、感情が揺れるそして私たちを人生の旅にいざなう

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