eぶらあぼ 2022.04月号
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Informationバンジャマン・アラール チェンバロ・リサイタル5/11(水)19:00 浜離宮朝日ホール 3/18(金)発売■ 朝日ホール・チケットセンター03-3267-9990 https://www.asahi-hall.jp/hamarikyu/35取材・文:寺西 肇 チェンバロやオルガンをはじめ、様々な歴史的鍵盤楽器を弾き分け、J.S.バッハの鍵盤作品全集の録音にも取り組み、その魅力的なプレイが話題のフランスの若き鬼才、バンジャマン・アラール。「クラヴィーア練習曲集2巻(フランス風序曲、イタリア協奏曲)」をメインに、フランス・イタリア様式の吸収・昇華に焦点を当てた、オール・バッハ・プログラムによるチェンバロ・リサイタルを、5月に東京で開く。 「バッハと共に生きる時間を持つことが、アーティストとして、1人の人間として、非常に大きな意味を持っていると、実感しています。録音を進めていると、まるでバッハがすぐ横にいて、彼と共同生活をしている気分になるんですよ。探究心は絶えることなく、常に彼に質問を投げかけ、時に自問を続けることも、場合によっては『今は答えが出なくても、そのままでいいかも…』と考えることもありますね」 全集録音は、2017年にスタート。1人の奏者が、オルガンとチェンバロを弾き分け、バッハの周辺を含めて、丹念に作曲家の成長を追うプロジェクトは画期的だ。聴き手も作曲家とともに成長していくような気分にさせてくれる企画といえるだろう。現在は、バッハのヴァイマール時代の作品を取り上げた第5集まで進行。「2028年頃、全19集で完結の予定ですが、たぶんスケジュールは押すでしょうし、内容的に広がりも見せ始めているので、第20集もあるかも…」と苦笑する。 東京公演では、18世紀の名工ミヒャエル・ミートケによるチェンバロをプロトタイプに、オランダのヤン・カルスベークが2000年に製作したレプリカを使用。 「これまで日本のステージで、何度か演奏した経験があります。とても良いチェンバロで、大好きです。よく知っている楽器で弾けるのも、嬉しいことですね」 そして、当時の最先端だった、イタリアやフランスの音楽スタイルをバッハが体得し、自作に昇華させるまでを俯瞰する。 「どんな才能を持つ人も、必ず誰かから影響を受け、そこに自分のスタイルを創り上げていきます。同時代や先達の影響があり、そこに愛情や化学反応を見出して、独自のものを創り上げる…画家と同じですね。私自身も、他の演奏家の影響を受けつつ、演奏が変容し、成長できたのだと思いますから。そんなバッハの成長を、皆さんと共に疑似体験できれば、と思います。何より、それに相応しい、良い演奏にしなければなりませんが(笑)」 フランス北部ルーアンの郊外で育った。 「街にあった18世紀のオルガンが、古楽器との出会いでした。自然とその音に“魅せられ”て、楽器を学び始めると、必然的にバッハの音楽も知ることに。興味を深めていくと、音楽に境界線はなく、オルガンが好きならば、鍵盤楽器のための音楽を丸ごと自分の内面に受け止めていくのが正しいだろうと…そして、04年のブルージュ国際古楽コンクールでの優勝が音楽家としてのキャリアを築くきっかけとなりました」 コロナ禍の中、感じたこととは。 「このような時にも、お客様に演奏を聴いていただける自分は、非常に恵まれています。そのために、多くの人が手を貸し、頑張ってくれる。バッハが常に自分の傍にいてくれる。家族もいる。私は周囲の人々に恵まれています。こんなに感謝できるのは音楽のお陰だし、自分の使命とは、日々それを感じ、表現していくことだと思っています」 そして、自分にとっての音楽とは「存在する意味を与えてくれるもの」と語る。 「例えば、自然を見る、美しいものを感じる…心が救われることも多いですね。でも、それに留まらず、自分は音楽という存在を感じ、共鳴することに大きな意味を見出しています。もちろん、闘い続けるスピリットも持たねばならないのでしょうが、弾いている時はただ喜びに満たされ、自分の人生に意味を与えてもらっていると実感します」 演奏家としての目標を「今はただ、“継続”することだけ」と言う。そして、「ソロもアンサンブルも、バランス良く取り組みたい」とも。「18世紀のバッハ周辺の作品を弾く機会が増えてきましたが、特にスカルラッティが気になっています。プーランクの『田園のコンセール』を録音する計画も。現代の新作の初演も、ぜひやってみたい。『やりたいことがある』ということこそ、何より必要だと思います」。柔らかに微笑んだ。フランスが生んだ古楽の名手がバッハと音楽人生について語る

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