eぶらあぼ 2022.04月号
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118高橋悠治作品集 失われた聲/肥後幹子+高橋悠治不思議な作品群だ。いわゆる歌曲ではないし、朗読とも違う。旋律は言葉の韻律に道を譲るが、語りとなる手前で踏みとどまり音楽らしき流れを作る。聲は失われたようでも、失われていないようでもある。ピアノが点描風に彩る中、それは病床の詩人の老境を絡めとり(夏草に蓋われた引込線 夕星―T.Mに)、俳句のリズムを溶解させ(水村紀行八句)、昭和初期のシュールなモダニズムと戯れる(海の花嫁)。夭逝の詩人・左川ちかのポエジーを、若き三善晃は音とスパークさせドラマティックな歌曲に仕立てたが、高橋はその先鋭さを解毒し、脱力させてしまうのだ。仙人のような老獪さで。(江藤光紀)近年の若手ピアニストの中には、総合大学出身、他分野でのエキスパート、両親が音楽家といった恵まれた環境を本人が選んで生まれてきたのではないかと思えるような才能の持ち主など、広い視野・経験値を持つ人たちがいる。八木大輔と秋川風雅もそうした注目株だ。共に慶應義塾高等学校で学び、八木はすでに数々の国際コンクールを制し、秋川は音楽家の両親のもと幼少期よりステージ経験を重ねてきた。「D&F」としてのデビュー盤「The Virtuoso」では、ショパンやベートーヴェンの独奏、ラフマニノフの連弾を収録。二人の知性と熱量を感じさせ、それぞれの持ち味を活かしたアルバムだ。(飯田有抄)「第九」は年末の風物詩だが、実は大変な難曲。これを指揮者なしで演奏可能か。矢部達哉率いる通称「晴れオケ」がこれに挑戦した。6型オケ46名+声楽28名。冒頭のトゥッティのffで、少人数と思えぬほどの質感と量感に驚く。ティンパニの強打も凄い。第2主題後の対位法的なテクスチュアの精妙なこと!! 再現部の30小節以上ffが続くカタストローフのド迫力、結びの巨大なクレシェンド、生き生きと弾むスケルツォ、内声の動きが細やかで美しいアダージョなどとてもいい。フィナーレでは豪華な独唱陣と少数精鋭の合唱が最高水準の第九を更にハイレベルに押し上げる。これはまさに「奇跡の第九」だ。(横原千史)あらゆる鍵盤楽器奏者が“目標”とする作品である「ゴルトベルク変奏曲」。この作品にここまで何度も向き合う演奏家は塚谷水無子以外にいるだろうか。彼女はこれまでにオルガンやトイピアノ、そしてブゾーニによるピアノ編曲版などで録音し、様々な角度から楽曲の謎や魅力に光を当ててきたが、6度目の録音となる今回はベーゼンドルファーを用いて、18世紀の演奏様式を厳格に守りながらの演奏。楽曲のあらゆる可能性を知る塚谷は、“バッハの原点”の中からも色彩豊かな音色、リズムの面白さといった喜びを見せてくれる。まだこの曲での挑戦は続くとのことで、早くも次が楽しみである。(長井進之介)J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲塚谷水無子(ピアノ)高橋悠治:雪雲色の鳩、夏草に蓋われた引込線 夕星(ゆうずつ)―T.Mに、アネモネ 薄みどりの朝の光をあびて りすさん!りすさん!、左川ちか小詩集「海の花嫁」、水村紀行八句、精霊たちの浜辺肥後幹子(ソプラノ)高橋悠治(ピアノ)ショパン:練習曲 嬰ト短調、同嬰ハ短調/リスト:ドン・ジョヴァンニの回想/サン=サーンス(リスト編):死の舞踏/ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番「熱情」/ラフマニノフ:イタリアン・ポルカ(連弾)D&F【八木大輔 秋川風雅(以上ピアノ)】ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付」トリトン晴れた海のオーケストラ澤畑恵美(ソプラノ)林美智子(メゾソプラノ)福井敬(テノール)黒田博(バリトン)東京混声合唱団収録:2021年11月、第一生命ホール(ライブ)キングレコードKICC 1591 ¥3300(税込)Pooh’s HoopPCD-2110 ¥オープンプライスコジマ録音ALCD-132 ¥3080(税込)アールアンフィニMECO-1070 ¥3300(税込)CDSACDCD熱狂ライヴ! ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付」/トリトン晴れた海のオーケストラCDThe Virtuoso/D&F【八木大輔&秋川風雅】J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲/塚谷水無子

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