31さまざまな技法を駆使して危うい世界を描くオペラ、ついに日本初演 ある朝突然、「茶色のペット以外は飼ってはいけない」という法律が施行されたら? フランスでベストセラーとなった、フランク・パヴロフの小説『茶色の朝』を原作とする室内オペラ《シャルリー〜茶色の朝》が10月、神奈川県立音楽堂で日本初演される。1990年代後半の極右政党の台頭を受け、全体主義への警鐘を鳴らすべく、子どもでも理解できる平易な言葉で書かれたわずか11ページの寓話を、フランスの現代作曲家ブルーノ・ジネール(1960〜)がオペラにした。 「すでにこの本は読んでいましたが、スロヴェニアでのコンサートの合間に書店で手に取ったのが、作曲のきっかけでした。私は本を開くと音楽が出てくることが多く、今回もそうで、2007年にスロヴェニアのスロウィンド音楽祭の委嘱で作曲しました。原作では主人公と友人シャルリー、男性2人の日常が描かれますが、オペラの主人公は女性にしました。それは、委嘱の条件が女性歌手を入れることだったのと、物語がリアルになりすぎないように、異化効果のような、一歩下がった距離感がほしかったからです」 ソプラノ歌手と5人の器楽奏者(ヴァイオリン、チェロ、クラリネット、ピアノ、打楽器)による全1幕のコンパクトなオペラで、歌手は、ささやき、語り、歌うなど、声の様々な表現を示す。 「ソプラノは、歌手、ナレーターと役割を変えながら登場し、場面によって声色や声質を変化させます。テレビでサッカー観戦をしたりトランプをする日常の場面ではロック調になったり、ジャズ風に歌うところもあります。器楽奏者たちは、演奏と同時に合唱の役割も担っていて、犬の安楽死を深く考えずに受け入れる場面では、『あの犬、年取っているからもういいんじゃない』と人々の考えや観客の声を代弁するかたちで、登場人物ではなく、外からの台詞として加わるのも彼らの重要な役割です」 音楽は様々なスタイルが混合しているが、言葉が活き、物語の求心力で観客を強く引き込む。 「まずは、テキストが明快に理解されることが一番大切だと考えました。フランス語圏以外では字幕が必須ですが、少なくともフランス人には物語がしっかり伝わるように、例えば、歌手が高音で歌うため言葉が聞き取り難いところは、歌う前に台詞を言うなど、テキストが確実に伝わるようにしました。クラシカルからポップなものまであらゆるジャンルを混ぜたのは、そもそもこれらは相対するものではなく、その接点を見つければ非常にうまく交わると考えたからです」 演奏は「アンサンブルK」。フランス北部ナンシーでクリスチャン・レッツ演出の舞台版を世界初演した団体が初来日する。 「彼らは、『禁じられた音楽』や退廃芸術に焦点を当てた活動を続け、私もその時代の音楽を研究している関係で知り合いました。レッツは、テキストを重視する演劇の演出家なので、リハーサルを通して十分に話し合い、オペラにとって音楽が重要な要素であることを理解してもらい、結果、非常に満足のいく舞台となりました」 オペラを含み、3部構成となっている今回のプログラム。第1部の室内楽コンサートは、アンサンブルKの活動の一端を示す曲目(ヴァイル、シュルホフ、デッサウの作品)で構成され、ジネールの「パウル・デッサウの“ゲルニカ”のためのパラフレーズ」(2002)も日本初演される。 「この組み合わせは、私自身が両大戦間の時代の音楽に興味があることもそうですが、《シャルリー》が、1927年にバーデン=バーデンで初演されたヒンデミットのオペラ(1幕のオペラ・スケッチ《行ったり来たり》)の形態に影響を受けているからです。亡命したり、追放された音楽家を取り上げるのも、シャルリーは逮捕され、どこに連れて行かれたかわからない。そこにもつながっています」 ジネールは、パリでブーレーズに師事した。 「アナリーゼのクラスだったので、直接作曲を学んだわけではありませんが、ブーレーズの著作はすべて読みましたし、彼の知性や音楽に対する教養は完璧だと思います。光栄なことに私のコンサートに来てくれたこともあります。作曲も研究も指揮もする。私にとって完璧な先生でした」と穏やかな口調で語るジネール。作曲家と研究者の二つの顔を持つジネールの視野は広い。第3部の作曲家を囲むクロストークでは、彼の知性に触れることもできるだろう。取材・文:柴辻純子Prole1960年生まれ。パリのコレージュ・ド・フランスでブーレーズのクラスに学び、ルイス・デ・パブロ、ブライアン・ファーニホウ等のもとで作曲、電子音響などを研究。多くの国際音楽祭でアンサンブル・アンテルコンタンポランやアルディッティ弦楽四重奏団など世界的アンサンブルによって作品が演奏される。作曲形式と音響への見識に裏付けられた厳しい作曲姿勢が生み出す、高い技術と人間の身体感覚に訴えるエネルギーに満ちた作品が評価され、フランス著作権協会SACEMからエルヴェ・デュガルダン賞(1998)、フランス学士院芸術アカデミーからポール=ルイ・ワイラー賞(2014)を受賞。オフィシャルサイト https://brunoginer.wixsite.com/brunoginer
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