36 イタリア・オペラに咲き誇る大輪の花、それがベッリーニの《清教徒》(1835)である。革命期のイングランドで、政治的な立場を超えて結ばれる男女の物語だが、ヒロインの令嬢エルヴィーラは、清らかなメロディをふんだんに歌えるものの、かのマリア・カラスを出世させたことでも有名な、ピカイチの難役である。この9月には、藤原歌劇団が誇るプリマドンナ、光岡暁恵が満を持して挑戦する。 「ベルカント・オペラにはたびたび出演させていただいていますが、一口にベルカントの作曲家といっても、ロッシーニ、ドニゼッティ、ベッリーニの個性にはそれぞれ違いがあります。ベッリーニは特に、息の長さをいかに持続させるかでしょうか。良いタイミングで息継ぎできる箇所が非常に少ないので、フレーズの波にさらわれず、歌詞を活かして歌いたいです」 光岡は近年、ロッシーニ《ランスへの旅》やドニゼッティ《ルチア》で大成功。ベッリーニでは《夢遊病の女》で世評を確立したが、彼女が思う《清教徒》のメロディの魅力とは? 「実は、『《清教徒》だけは、レパートリーに加えるのはまだ早いかも?』と感じていました。というのも、エルヴィーラのパートが、高声だけには頼れないような、中音域の音で繋ぐ深い表現力と声づくりを必要とするからです。そこで、今回は思いきっての挑戦になります! 音楽の面白さは、例えば、エルヴィーラが錯乱している時の長いレチタティーヴォ(朗唱)でしょうか。美しさの中にも“怖さ”を感じますね」 錯乱と言えば、本作ではヒロインが3度も平常心を失うのが特徴の一つ。恋人が突然出奔したことへの不安が彼女を揺さぶるのである。 「確かに、錯乱してからなかなか正気を取り戻せないのがエルヴィーラの特徴ですね。狂乱してしまうとテンポや拍子がくるくる変わるので、振り回されないよう注意しなければなりません。今回は、良い意味での“ベッリーニの執念深さ”にも寄り添えればと思います」 《清教徒》一番の聴かせどころはやはり第2幕の〈狂乱の場〉。しかし、ほかにも名曲が目白押し。まさに旋律美尽くしのオペラなのだ。今回は柴田真郁の指揮、東京フィルハーモニー交響楽団がピットに入る。 「二重唱やポロネーズもありますが、私は特に、オルガンとともに舞台裏から歌う第一声が好きです。4人のアンサンブルですが、清教徒たちの敬虔さが溢れていて、一族の団結心も感じます」 故・五十嵐喜芳に師事し、歌を磨いた光岡。コロナ禍で日々緊張感も覚えるものの、まずは努力を重ねるのみという。 「飛沫を避けられない歌手は、常にストレスを抱えます。でも、無事に舞台に立てたなら、言いようのない達成感も生まれます…五十嵐先生には、学生時代から、ベッリーニの歌曲をたくさんレッスンしていただきました。『まずはフレーズをしっかり発声しなさい!』と教えてくださった。今回は、ベッリーニの素晴らしさを皆さまにお伝えできるよう、安全に公演の日を迎えられるようがんばってまいります。一日も早く平穏な日々が戻るよう、祈りも込めて演奏させていただきます!」藤原歌劇団公演(共催:新国立劇場・東京二期会)ベッリーニ:《清教徒》(新制作)9/10(金)、9/11(土)、9/12(日)各日14:00 新国立劇場 オペラパレス問 日本オペラ振興会03-6721-0874 https://www.jof.or.jp※光岡の出演は9/11のみ。配役などの詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。光岡暁恵Akie Mitsuoka/ソプラノInterview©Flavio Gallozzi取材・文:岸 純信(オペラ研究家)《清教徒》初主演に思いをめぐらす「錯乱してからなかなか正気をとりもどせないのがエルヴィーラの特徴だと思います」
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