108 スイスの振付家ジル・ジョバンは、なんとVR空間内に「La Comédie Virtuelle」という「VR劇場」を建てようとしている。 観客はアバターとなって劇場を訪れ、自由に歩き回り、観客同士の会話もできる。 そしてステージでは、ダンサーたちのアバターによる「リアルタイムのダンス公演」が行われる。 実は似たようなシステムはすでにある。アバターの精度は上がり、操作性も恐ろしく良い。しかし重要なのは、パフォーマンスは毎回プロのダンサーたちによるリアルタイムのパフォーマンスだということだ。リアルな劇場同様、一期一会のパフォーマンスなのである。ダンサーたちは全員が別の場所や国からアクセスしてユニゾンで踊っているのかもしれないが、「リアルな身体によって毎回演じられる」点が、複製芸術とは決定的に違う。 これまで舞台芸術はライブの公演をネット越しに生配信したり録画をみたり、つまり映像を「現実の代替品」として使ってきた。しかしこの公演はここ(ネットの中)でしか見られない。ネットの中のダンスパフォーマンスが、存在のオリジナリティを獲得しようとしているわけだ。 こうした背景にはもちろんコロナ禍も影響しているだろう。「新しい表現を求める」というテーマに「必要性」が拍車をかける。今後も注目していきたい。第82回 「VR空間に劇場を建てる!? 『身体のリアル』の定義が変わる」 今流行のボカロ(ボーカロイド)。作曲も演奏も歌もパソコン上のプログラムがやってくれるので、たった一人でOK。楽器を弾く必要も、歌がうまい必要もない。友達が一人もいなくてもいい。 いまやそんなボカロ曲がヒット曲上位を占めている。つまり大手レコード会社の宣伝などとは無関係に、ヘタをすればライブすら一度もやっていないミュージシャンがトップセールスを飾り、なんなら顔を隠したままドーム公演を満杯にすることも可能な時代である。 「歌う」のは合成音声なので、不可能なことはほぼない。超高音から超低音まで、さらには超高速でも歌えるし、息継ぎなしに延々と歌い続けるなど、人間には不可能なことも余裕でできる。 面白いのは、「人間以上の表現」「人間には歌えない歌」となると、その不可能性に挑戦し、見事に歌いこなす剛の者が出てくることだ。クラシック曲でも、作曲者が超絶技巧の持ち主だったりすると、「弾けるものなら弾いてみろ(オレは弾けるけどね)」といわんばかりの「演奏不可能曲」に挑む人々が出てくるのに似ている。 ただダンスの場合、コンピュータによる取り組みは早くから行われていたが、3Dで情報量も多いので、なかなか進捗しなかった。しかしこの先AIが進んでくれば、ネット上に転がっている「イケてるダンス映像」を学んで、まったく新しいダンスが生み出されるかもしれない。それは人ができないくらい高速だったり、軟体だったり、動き続けるダンスかもしれない。さらには、その「不可能と思われたダンスを踊りこなすスーパーダンサー」が出てくるかもしれない。 この「VR空間でアバターを踊らせる」のも、昨今の技術の進化でリアルになってくる。Proleのりこしたかお/作家・ヤサぐれ舞踊評論家。『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』『ダンス・バイブル』など日本で最も多くコンテンポラリー・ダンスの本を出版している。うまい酒と良いダンスのため世界を巡る。http://www.nori54.com乗越たかお
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