96 ……その秘儀のようなダンスを、隔絶された席の限られた視界からのぞき見ると、よりダンサーへのリアリティが増す、という不思議な体験を観客は味わったのだった。 もうひとつのドラマはフラメンコの革命児イスラエル・ガルバンの来日である。愛知と神奈川での公演『春の祭典』他のために来日……の予定だったが、コロナ禍でビザの取得に難航し、なんと下りたのが出国前日。まさにギリギリ、奇跡だ! しかし無事成田に到着して喜んだのもつかの間、PCR検査の書類に行き違いがあって入国できないって! マジかー! ……という一喜一憂を、招聘元のプロデューサー唐津絵理氏やスタッフの皆さんがリアルタイムでSNSにアップしていったのだ。 通常、そういう苦労話・裏話は表には出さない。唐津氏も普段ならそうだ。しかし今回ばかりはコロナ禍に加えて不測の事態が続いた。するとコロナ禍で同じ思いを抱いていたダンスファンは、まるでリアルタイムのドラマのごとく見守り、SNSでの熱い応援が始まったのである。無事入国のあと、席数限定公演は即完売する勢いだった(本公演の『春の祭典』はまだ間に合う。傑作である)。 今回は、コロナ禍が人と人を結ぶきっかけになった。いやダンスで結ばれた人々が、コロナ禍を「きっかけに変えた」のだ。 その力を、これからもオレは信じていきたい。第81回 「コロナ禍という沼にも花は咲くのさ」 5月30日はコロナ禍ならではのドラマがふたつあった。 ひとつはオレが公式アドバイザーをしている国際ダンスフェスティバル『踊る。秋田』の春季特別公演・月灯りの移動劇場『Peeping Garden/re:creation』(振付・演出・出演:浅井信好)である。ロイターなど国際的なメディアで「これぞソーシャル・ディスタンス・パフォーマンス!」と話題になった作品の再創作版である。 なにしろこの「上演形態」が変わっているのだ。 中央に直径8メートルほどのアクティング・スペース。それを取り囲むように、30枚の板がぐるりと囲っている。それぞれの板は玄関の扉のような飾りが施され、丸くて小さなのぞき穴と、郵便受けほどの横長のスリットが空いている。 観客は一人ずつその「扉」の前の椅子に腰掛け、中を覗き込んで(Peeping)鑑賞する。通常の劇場でも「暗闇から舞台上を一方的に見る」、つまり「のぞき見る」のは舞台芸術の本質でもある。しかも自分の両脇には仕切り板があり、隣の観客は見えない。背中以外は箱の中にいるような安心感がある。コロナ禍の制約を、演出に転化してみせたのだ。 内容もまた良かった。 覗き込んだ向こう側は白い砂が敷き詰められ、男(フランスで活躍する奥野衆英)が一人、砂山に埋もれて倒れている。そこへ浅井信好と杉浦ゆらが入ってくる。まだ十代の杉浦は濃縮された動きからも若さがあふれだすのだが、対照的に空間全体には死の空気が訪れる。交互に踊っていた浅井と杉浦は、次々に倒れ込み砂の上で動かなくなる。すると埋まっていた奥野が立ち上がり、両手の指を使って浅井と杉浦の周りに紋を描く。そのエネルギーを受け取るように動き出す二人。生命の再生と循環が静かに胎動を始める。Proleのりこしたかお/作家・ヤサぐれ舞踊評論家。『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』『ダンス・バイブル』など日本で最も多くコンテンポラリー・ダンスの本を出版している。うまい酒と良いダンスのため世界を巡る。http://www.nori54.com乗越たかお
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