eぶらあぼ 2021.7月号
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85〈タマネギの歌〉で響くナゾのメロディー 先日、ナポレオン関連の大衆音楽を集めた輸入盤CD(フランス語盤)を聴いていたところ、椅子からずれ落ちるくらい驚いた。〈タマネギの歌〉という軍歌のリフレインで、「オパッキャマラド、オパッキャマラド、パオパオパ」というフレーズが出てきたのである。つまり、童謡〈クラリネットこわしちゃった〉の有名なリフレインと同じ。メロディーもリズムも完全に一致している。これは一体、どういうことなのだろうか。 CDの解説によると、〈タマネギの歌〉は、ナポレオン時代に書かれたもので、兵隊の間で景気付けに歌われたという。歌詞は「油で揚げたタマネギが好きだ。とてもおいしいから、(敵の)オーストリア人にはやらない。さあ戦友よ、前進しよう!」というもの。フランス人の書く詩はしばしば理解不能だが、多分ここでは、そのばかばかしさ自体が面白いのだろう。最後の「さあ戦友よ、前進しよう!」が、“Au pas camarade”。つまり「オパッキャマラド」は、純然たるフランス語なのである。 対して〈クラリネットこわしちゃった〉だが、こちらも日本の歌ではなく(!)、フランスの童謡なのだという。NHK『みんなのうた』で放送され、歌詞もメロディーも日本的なので勘違いしていたが、原曲は“J’ai perdu le do(ドが出ない)”。歌詞大意は、「クラリネットのドが出なくなった。これをパパが知ったらこう言うだろう。お前はリズムというものが分かっていない。それじゃ踊れないよ。さあ息子よ、テンポに合わせて吹くんだ!」というもの。最後は“Au pas camarade”で、これは〈タマネギの歌〉をProfile城所孝吉(きどころ たかよし)1970年生まれ。早稲田大学第一文学部独文専修卒。90年代よりドイツ・ベルリンを拠点に音楽評論家として活躍し、『音楽の友』、『レコード芸術』等の雑誌・新聞で執筆する。近年は、音楽関係のコーディネーター、パブリシストとしても活動。引用している(つまり時代的には、こちらが後の作品)。“Au pas camarade”は、「友よ、ステップに合わせて!」とも取れるので、意味的には問題ないわけである。 一方、我々のよく知る日本語版だが、その歌詞は、シャンソン歌手の草分け、石井好子によるという。彼女は原曲(と言っても〈タマネギの歌〉ではなく、〈クラリネットこわしちゃった〉の方だが)を、パリ在住中に知った。帰国後、ダークダックスのアルバムのために作詞したが、「クラリネットこわしちゃった。どうしよう」という前半は、「オパッキャマラド、パオパオパ」とは、意味的に無関係である。リフレインは、我々の耳には、完全にオノマトペ(擬音語)と聞こえる。面白いのは、それが本当に調子っぱずれのクラリネットの音と似ていることだろう。石井はそれを残した理由として、「原語のリズムを生かしたかった」と語っているが、クラリネットとの類似は、オリジナルのフランス語でも意識されていたのだろうか(それともこれは、石井の天才的な翻案なのだろうか)。フランス語とその語感に詳しい方に、ぜひ意見を聞いてみたい。城所孝吉 No.60連載

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