eぶらあぼ 2021.5月号
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93カラヤンが愛した教会の現いま在  ベルリンのイエス・キリスト教会と言えば、主に1960年代にカラヤンとベルリン・フィルが録音会場として使ったことで有名である。フィルハーモニーは63年に開場したが、当初は音響が芳しくなく、オーケストラは10年にわたって調整を続けた。73年以降、ようやく録音にも使われるようになったが、それまでの収録はほぼすべてイエス・キリスト教会で行われていた(フィルハーモニーでの最初の録音は、同年9月の「新ウィーン楽派作品集」)。 ベルリン市の西端、高級住宅地ダーレムにある教会は、言うまでもなく現存し、録音会場としても非常によく使われている。どれくらいかというと、セッション用のスロットが取れないほどで、筆者もあるプロジェクトのために日程を調べてもらったが、半年先でもダメな感じだった。教会自体は、1930年代に建てられた何の変哲もない建物。特にキレイというわけではなく、「飾りがなく実用的」という感じ。録音会場として使われ始めたのは、戦後開局して間もないRIAS(米国管理地域のための放送局)が、自前のオーケストラ(現ベルリン・ドイツ交響楽団)の収録場所を探していたためだという。しかし音響の良さは、建てられた当時から知られていた。 内部には、収録スタッフが使うスタジオのほか、「カラヤン・ツィンマー」と呼ばれる部屋がある。薄暗い数畳ほどのスペースで、現在はほとんど使われていないが、当時はカラヤンが控室として使用していたという。入口付近には、給食の配膳所(?)のような教会らしからぬ施設もある。これは、ドイツ・グラモフォンが「オケ団員に休憩中に軽食を出せるように」と出資し、作らせたものだそうだ。当時は、それProfile城所孝吉(きどころ たかよし)1970年生まれ。早稲田大学第一文学部独文専修卒。90年代よりドイツ・ベルリンを拠点に音楽評論家として活躍し、『音楽の友』、『レコード芸術』等の雑誌・新聞で執筆する。近年は、音楽関係のコーディネーター、パブリシストとしても活動。くらい頻繁にベルリン・フィルのセッションが行われていたのである。というわけで、「録音会場としての機能の方が主」と感じられるが、現在でも毎週プロテスタントの礼拝が行われている。 現在の懸案は、屋根の改修と断熱工事。22メートルの高さを持ち、しかも急こう配の三角屋根ゆえ、熱がすべて上に流れてしまい、環境保護的に問題があるらしい。数年前から改修のための募金が行われていたが、昨年工事が開始され、先日、前を通ったらフェンスが立っていた。関係者や録音技師たちの心配は、断熱することで音響に悪影響が出ないか、ということ。現在の屋根は、ハダカの木板上に木製の瓦が張られているが、ここに断熱材を貼り付けると音が変わる、というのは容易に想像がつく。 しかし教会側にとっても、会場提供サービスは、定期的に収入が見込める「ビジネス」であり、死活問題である。ゆえに、工事では専門家が検証に当たり、細心の注意のもとに作業が行われるという。ただ、どんなに試算・リサーチをしても、計画通りになるかは、実際に工事をしてみなければ分からない。こればかりは、文字通り「神のみぞ知る」といったところか。城所孝吉 No.58連載

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