eぶらあぼ 2021.5月号
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21からパドヴァのお宅に何度も通いました」 その傍ら、サントリーホールのオペラ・アカデミー第2期生として修練を積む。 「ジュゼッペ・サッバティーニ先生のカリキュラムが、古典派から近代まで年代を追って歌ってゆくので、とても勉強になりました。将来は、ベッリーニの《ノルマ》や《清教徒》、ヴェルディの《イル・トロヴァトーレ》やプッチーニの《トスカ》など歌ってみたいです。日ごろの自分とは違う役柄を演じてみたいですね」  ここで、話題は《ラ・ボエーム》のヒロイン、お針子ミミに。 「ミミって、したたかなところがありますね。女子から嫌われやすい女性かもしれません(笑)。詩人のロドルフォとの出会いも、彼のことを前から知っていて、その上で部屋を訪ねたのだろうと思います。でも、第3幕で別れを自分から切り出すあたりは、愛の力が強くなって成長したからこその行動でしょうか。最後のミミの病死の場面は、言い方が変かもしれませんが、“悲しい死”にはしたくないのです。精一杯生きた証として演じてみたいです」 今回の《ラ・ボエーム》は日本語訳詞による上演。日生劇場が取り組む「青少年向けのプロダクション」の一環である。 「最初、日本語だと歌いにくいかなと思いましたが、訳詞の宮本益光さんもさすがに歌手の方なので、歌いにくい嫌な音域にくる母音の在り方を、訳詞でコントロールしてくださっていると気づけて、とても嬉しかったです。自分の血に流れている言葉で歌えることはやはり違うなと思いました。また、今までとは違う視点からミミの役を自分の中に取り込めるようです。オペラが初めての方も、《ラ・ボエーム》が好きで何度もご覧になっている方も、今の私が感じているように、物語を新鮮に観ていただけるのではないかと思います。楽しんでご覧いただければ嬉しいです」ミミはしたたかで、女子から嫌われやすい女性かもしれません(笑)取材・文:岸 純信(オペラ研究家) 写真:吉田タカユキ 《蝶々夫人》に主演するプリマドンナであり、バロック・オペラや古典派、ベルカントものも精力的に歌い演じるソプラノ、迫田美帆。この6月には日生劇場で《ラ・ボエーム》のミミを歌うとのこと。落ち着いた物腰で、歌手とは思えぬほどの小声で言葉をゆっくり選ぶさまが、逆に、なかなかの大物と感じさせもする。 「東京都西多摩郡の日の出町で育ちました。自然は本当に豊かで、庭の家庭菜園には猿が時々出ました。中学・高校の6年間は陸上に打ち込んでいて、走り幅跳びと400mハードルが得意で、オリンピックも目指していたんですよ。その一方で、中学生の時に、音楽の授業を受け持っていた目黒正子先生から『皆の前で歌ってみたら?』と言われ、ヘンデルの〈泣くがままにさせて〉を歌ったのです。その感動をずっと覚えていて、高校で進路を選ぶ段階で、ふと、『音楽も選択肢に入れられるかな?』と思いました」 きっかけは、小学校の時に書いた自分の文章だそう。 「偶然見つけたノートを開いたら、『将来の夢は陸上選手かオペラ歌手』と書いてあったんです。自分で書いたのにまったく覚えていませんでした(笑)。でも、これはヒントかなと思い、目黒先生にご連絡し、高校三年生から中畑和子先生のレッスンを受けました。それで東京藝大の声楽科に入ることができました」 現役合格で素晴らしい! 「あ、でも、大学に入れたのは幸運でしたが、学生時代は鳴かず飛ばずでした…」 そんなに謙遜しなくても。 「三年生の時、試験で歌い終わったら先生たちがざわざわしているんです。成績は秀・優・良・可・不可と判定されますが、大体、専攻分野はみな秀か優なのですよ。でも、私に出たのは『良』でした。史上初だそうです」 ええっ! なぜだろう? 「試験曲はロッシーニの歌曲でしたが、2番の歌詞を先に歌ってしまい、なんとか誤魔化せたかなと思ったのですが甘かったです(笑)。恩師の直野資先生にも『やっちまったな!』と苦笑いされました。卒業後の数年間は企業勤めをして、貯めたお金で時々イタリアに渡って歌のレッスンを受けました。ソプラノのマーラ・ザンピエーリ先生の声が好きで、ホームページから連絡をとり、師事することができました。日本Prole東京藝術大学卒業。卒業後、イタリア各地で研鑽を積む。2015年、サントリーホール オペラ・アカデミー プリマヴェーラ・コース第2期を最優秀の成績で修了。17年、同アドバンスト・コース第2期修了。第50回日伊声楽コンコルソ入選。第13回東京音楽コンクール声楽部門第2位。藤原歌劇団では、19年《蝶々夫人》タイトルロール、21年《フィガロの結婚》アルマヴィーヴァ伯爵夫人で好評を得ている。藤原歌劇団団員。

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