103手に顔を向ける。それは晴眼者が違和感を感じないよう気を遣っているから」と知って、軽く衝撃を受けたのである。 この企画は目の見えない人に対して最大限の配慮をしていたが、ダンス鑑賞中のモニターは「舞台に面して椅子に座ってもらって」いたのである。しかしそれは晴眼者のポジションであり、目の見えない人にとってベストの鑑賞方法とは限らない。そこでオレは「椅子ではなく床に直接座った方が振動を感じられるのでは」と提案した。さらに「なんなら床に寝転がってもいいですよ」と付け加えた。一人くらいは横になるかなと思ったが、なんと四人のモニター全員が床に寝たのである。一人はなぜか舞台と反対方向に頭を向けている。床に耳を当てて、全身でダンサーの動きやチェロの音やオレの声の響きを感じ取っていた。「誰ひとり、舞台に顔を向けないダンス鑑賞風景」はなかなか衝撃なので、公開されたらぜひ見てもらいたい。 生物にとって「正面」とは、目がついている方向のことを指す。そして晴眼者は「正面」を基準に、あまりにも多くの事を「あたりまえのこと」として考える。だがとうぜん目の見えない人に当てはまらないことも多いはずだ。今回のプロジェクトで、彼らに少しでも伝わるよう最大限に考えていたつもりだが、オレはまだまだわかっていなかった。そしてわかっていなかったことに気づけたのが、実に貴重な体験だったのである。第77回 「誰ひとり、舞台に顔を向けないダンス鑑賞」 横浜のダンスハウスDance Base Yokohamaで行われた「ダンスのアクセシビリティを考えるラボ〜視覚障害者と味わうダンス観賞篇〜」の続報について書いておこう。この模様を収録したドキュメンタリー映像がprecogのバリアフリー型プラットフォーム事業「THEATRE for ALL」で2月にweb公開される予定だが、一足先にパイロット映像を見せてもらい「衝撃の舞台鑑賞風景」を確認した。 これは上演される3分ほどのダンス作品(鈴木竜のソロ作品『AFTER RUST』を四人版に作り替えたもの)をリアルタイムで言葉で記述し、目の見えない人(モニター)とともに鑑賞しようという企画。オレを含め四人のディスクライバー(記述者)はそれぞれの方法で挑んだ。 オレは舞踊評論家として、作品と鑑賞者の間に立つ者として考えた。長さや距離は、メートル等ではなく「歩幅」や「身体の部分の長さ」といった身近な感覚に置き換えた。ダンスは動きではなく「何が起こっているか」「ダンサーの身体と空間との関係」を伝える。イメージを固定させず、イメージを膨らませる言葉を選んだ。 オレは鑑賞の前にモニターの皆さんを対象に簡単なワークショップを行った。「生まれつきの全盲者は、自分の身体をどうイメージしているのか?」のイメージがオレにはできなかったからだ。「手を伸ばす、足を上げる」という言葉のイメージを共有できるのだろうか。そこでまずモニターに自分の身体のイメージ精度を上げてもらうことで、ダンサーの身体の輪郭が明確にできないかと思ったのだ。本番で演奏するチェリストの四家卯大が伴奏をしてくれた、贅沢な時間だった。 そしてダンスが始まる前に、オレはモニターの皆さんに「ある提案」をした。 前日のあるモニターの発言で「じつは視覚障がい者は、うつむいて相手に耳を向けたほうが集中して聞ける人が多い。しかし通常、晴眼者と話す時は相Proleのりこしたかお/作家・ヤサぐれ舞踊評論家。『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』『ダンス・バイブル』など日本で最も多くコンテンポラリー・ダンスの本を出版している。うまい酒と良いダンスのため世界を巡る。http://www.nori54.com乗越たかお
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