eぶらあぼ 2021.2月号
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113役割で、研究者・詩人・インタープリターというそれぞれの専門家とともに挑んだ。 それにしても目の見えない人にダンスって!? 基本的に言葉を使うことになるが、「説明」だけでは無味乾燥だ。しかし「波打つような」「渦巻くように」といった比喩表現をどこまで使えるのか、視覚障がいも先天性と後天性では浮かべられるイメージは違うだろう。なので比喩は捨てて、「ツルツル」「ザラザラ」という触覚や、「寒々しい」という肌感覚、視覚以外の感覚への訴求の仕方を練り上げた。ただし「光」は、太陽光を暖かさとともに皮膚感覚で認識できているはずなので残した。とかく「動き」を描写したくなるが、オレは動く身体が、舞台空間にどう作用しているかを伝えた。振付とはダンス空間全体をデザインするものだからだ。いわば彼らは「聞くプロ」なので、情報量が多くても大丈夫と信用し、足と床が擦れる音や沈黙を大切にした。 ダンスをいかに伝えるかを考えるのは、誰が相手でも楽しいものだ。はじめは椅子に座って鑑賞していたのだが、むしろ床に座って振動を感じた方が臨場感をつかめるのでは……と思ったオレが「ある提案」をしたところ、なかなか衝撃的な鑑賞風景が実現した。この一連の過程はドキュメンタリー映像としてまとめ、舞台制作会社precogが運営するバリアフリー型プラットフォーム事業「THEATRE for ALL」にて今年2月に配信される予定。お楽しみに!第76回 「目の見えない人にダンスを伝える試みと、新人賞」 あけましておめでとうございます。 この連載中いろいろなことがあったが、まさか全世界的に社会構造が変わるような事態に遭遇するとは思いもしなかった。だが舞台芸術はこれまでも、疫病・天災、そして戦争と、様々な変化を越えて生き残ってきた。今回も、科学技術でもなんでも使って、舞台芸術はコロナ禍を生き延びていくだろう。 12月には例年どおりオレが一人で選出するエルスール財団新人賞コンテンポラリー・ダンス部門(ほかは現代詩部門とフラメンコ部門)の授賞式が行われた。もちろんコロナ対応のため、最小限の人数でだ。 第9回となる今回の受賞者は、日本とベルリンを拠点に活躍しているハラサオリである。ダンスはコンセプト重視と身体性重視の間を揺れ動きながら進歩してきたが、その歩みをちゃんと理解しているダンサーは意外に少ない。いまだに舞台上でコーヒーを飲んでいるだけといった四半世紀昔の腐れノンダンスをやっている連中もいる。その点ハラサオリは、磨き抜いた論理性を構築し、さらにしっかりと身体性に落とし込む手腕がある点が今日的。作品『Da Dad Dada』はほとんど別居していたダンサーである実の父親をテーマにし、深く踏み込みながらも情緒的になりすぎないクールな距離感を貫いた。美術出身のハラは、本格的なダンス作品を創り出したのは遅かったという。日本のダンス界は必ずしも居心地がいいものではなかったろうが、この賞が今後の後押しになることを願う。 先月はもうひとつ面白い企画があった。横浜のダンスハウス「Dance Base Yokohama」からの依頼で、視覚障がい者とともにダンスを鑑賞するプロジェクトに参加したのだ。振付家・鈴木竜が4人のダンサーに振り付けた3分間ほどのダンス作品を四家卯大によるチェロの生演奏で上演する。オレは視覚障がい者にダンスを伝える「ディスクライバー」というProleのりこしたかお/作家・ヤサぐれ舞踊評論家。『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』『ダンス・バイブル』など日本で最も多くコンテンポラリー・ダンスの本を出版している。うまい酒と良いダンスのため世界を巡る。http://www.nori54.com乗越たかお

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