eぶらあぼ 2020.12月号
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24 秋の気配が深まってくると、「ああ、また今年も聴いてみたいな」と思う作品がある。それがブラームスの晩年の作品群だ。何回かのイタリア旅行、そして交響曲第4番のような大作を書き終えた後の1890年に、57歳のブラームスは作曲活動を断念し、自作の整理を始めたとされる。しかし、91年にマイニンゲンを訪れた時、宮廷楽団の首席クラリネット奏者であったリヒャルト・ミュールフェルトに出会い、その音色に魅了される。そこから「クラリネット三重奏曲」「クラリネット五重奏曲」、2曲の「クラリネット・ソナタ」が書かれることになり、また同時期に、op.116から119に至るピアノの小品集も書かれた。まさに晩年に至って達した音楽的な境地の凝縮された作品が、ミュールフェルトとの遭遇が契機となって生まれたのである。 その有名な「クラリネット・ソナタ」2曲を含むアルバムを、気鋭のクラリネット奏者である吉田誠と、独自のプログラミングでリサイタルを展開しているピアニスト・小菅優が録音した。「クラリネット・ソナタ」の非公式な初演の時に複数の歌曲が演奏されたと言われるが、吉田と小菅が選曲した晩年の歌曲(5つの歌曲集 op.105、同 op.106、同 op.107より)、そしてシューマンの「幻想小曲集」op.73をカップリングしたアルバムだ。ふたりは2019年に王子ホール他で共演しており、そのコンサートは好評を博した。今回のアルバムについて2人からメッセージも寄せられているので紹介しよう。 「巨匠ブラームスをここまで奮い立たせたクラリネットの演奏がいったいどれほどの表現力だったのか、非常に興味深いです。今回の録音では、その部分へのアプローチも納得のいく解釈ができるまで想像力を働かせました」と語る吉田。さらに「ミュールフェルトはかつてヴァイオリニストだったことや、彼が当時使っていたツゲ製のクラリネットの特徴を踏まえ、ブラームスの譜面の非常に細かなアーティキュレーションへの配慮を演奏に反映させました。晩年のリートのように、メロディが詩を語るように表現されるべきだと思いました」とも。 ピアニストの小菅も次の通り語る。 「ブラームスの晩年のピアノ曲では、クララ・シューマンのモティーフをはじめ、哀愁、回顧、未練などが感じられ、それがクラリネット・ソナタにも共通していると思います。同時に人間愛、優しさや寛大さも晩年の作品群に感じます。こうした濃厚な内容の凝縮、見事な対位法の扱い方や変奏の技法、そして神々しい讃美歌の現れなどのある晩年のソナタを演奏できるのは嬉しいことです」 2人はこのレパートリーを3年前から共演し始め、録音前にも隅々までスコアを見直したという。 「小菅さんだからできることなのですが、一度音を出し始めると、誰かに止められない限り、最後まで精魂込めてその曲に没入します。ですから、録音ということもあまり意識しませんでした」と吉田。そんな2人の希有な集中力と音楽性が作り出した、ブラームス&シューマンの世界に、この秋の陽射しの中でじっくり耳を傾けよう。吉田 誠(クラリネット) & 小菅 優(ピアノ) 名手2人が醸し出すロマン派作品の晩秋の味わい左:小菅 優 右:吉田 誠 ©Goro Tamura(RamAir.LLC)新譜『ブラームス:クラリネット・ソナタ/シューマン:幻想小曲集ほか』で共演文:片桐卓也SACD『ブラームス:クラリネット・ソナタ(全曲)/シューマン:幻想小曲集ほか』ソニー・ミュージックジャパンインターナショナルSICX-10009 ¥3000+税11/25(水)発売

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