25わずか2日で弾ききるピアノ・ソナタ全32曲取材・文:伊熊よし子る。だが、本人は「練習している間が一番大変で、本番はそれを思いっきり出すだけ」とケロリとしている。 今回の連続演奏会はソナタ第1番からスタートし、11部構成となっている。もちろん一部だけ聴くこともできるが、通して聴くことも可能。最後は第32番で締めくくられる。とりわけ興味深いのは、初期のソナタ。こうしたベートーヴェンの若き時代の作品をじっくり聴くことができる、貴重な機会となる。 「初期のソナタはいきなりエネルギーがあふれ出したり、実験的な部分が顔をのぞかせたり、かと思うと優雅な曲想が登場したりと、ベートーヴェンの感情の起伏が見えて面白いと思います。中期から後期になるとそれがベートーヴェンの人生を映し出し、作風も幾重にも変容していく。特出した個性の持ち主で、音楽家の社会的なあり方まで変えてしまいました。その人生には多くの謎が潜んでいます。聴いてくださる方は、そんなベートーヴェンという人間に会いにくる、そうした意味合いをもつコンサートにしたいですね」 横山は楽譜の内奥に肉薄し、作曲家の魂に寄り添うことをモットーとしている。 「今回はなかなか演奏会では聴くことができないソナタも含まれています。ベートーヴェンはここでどうしてこの曲を書いたのだろうかと疑問を抱いたり、不思議に思ったりすることもある。それが謎であり、興味をそそられる。有名な作品ばかりではなく、そうしたソナタにも触れて新たな魅力を味わってほしい」 2日間のコンサートでは、濃密で聴きごたえのある重量級の演奏が生まれるに違いない。 横山幸雄はデビュー当初から「レパートリーの中心を成すのはショパンとベートーヴェンの作品。このふたりの作曲家の作品は、生涯弾いていきたいと思っています」と語っている。その後、現在にいたるまでさまざまな形でショパンとベートーヴェンの作品を演奏し、「ショパンの全作品演奏会シリーズ」やベートーヴェンの「ピアノ協奏曲全曲演奏」にも挑戦している。2013年からは「ベートーヴェンプラス」と題したシリーズを開始し、終盤を迎えている。ただし、現在はコロナ禍の影響で、多くのコンサートが中止や延期の状態となり、横山のコンサートもすべてが行われることは難しい。 今年はベートーヴェン生誕250年のメモリアルイヤーにあたり、世界中の音楽家がベートーヴェンの作品をプログラムに組み、日本でも多くのコンサートが予定されていた。それらがほとんど行われることなく、記念の年ももうすぐ終わろうとしている。そこに鋭く切り込み、自身の敬愛するベートーヴェンに魂を捧げるべく、ベートーヴェンの誕生月である12月にピアノ・ソナタ全32曲連続演奏会を敢行しようというのが横山の試みである。 「コロナ禍で、ベートーヴェンのメモリアルイヤーの演奏会がことごとくなくなってしまいました。僕はこの間、変なエネルギーがたまり、発散することもできず、どこにぶつけていいかもわからない状況に陥った。このエネルギーはステージで出すしかないんです。そこでベートーヴェンのソナタ全曲演奏を思い立ったのです。記念の年なのに演奏会がなくなって、“ベートーヴェンに対して失礼ではないか”と思ったのです。最初は五大ソナタの演奏も考えましたが、やるからには徹底したい。2日間で全ソナタを弾こうと考えました。無謀とも思われるでしょうし、だれもやっていないことですから、僕も最後までやり遂げられるかはわかりません。でも、こういう時期だからこそ、ここまでの企画に挑戦したい。これまでピアノ・ソナタは数多く演奏してきましたが、全曲はまだ弾いていません。通常の時期だったらもちろんやりませんね。いまだからこそ、やる価値があるんです」 画期的で冒険心に富み、前人未到の地に踏み込んでいくようなこのベートーヴェンのソナタ全曲演奏。まさにエベレストに登頂するような凄さを見せProle第12回ショパン国際ピアノコンクールにおいて歴代の日本人として最年少入賞を果たし、それ以来トップアーティストとして常に日本の音楽界をリードしてきた。ベートーヴェンとショパンをライフワークとし、特にベートーヴェンに関しては1998年の「ベートーヴェン12会」におけるソロ作品の全曲演奏をはじめ、度々行っているピアノ協奏曲全曲演奏会などで高い評価を確立。また2013年からは新たに「ベートーヴェンプラス」シリーズを開始し、現在も継続中。
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