eぶらあぼ 2020.11月号
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127界中の工場が止まり、さらには車や飛行機の数が激減して空気は綺麗になってきている。  もしも街が瓦礫で埋まっていたら、自分はいま厄災の中にいるのだと実感できただろう。 しかしコロナ禍は、街は美しいままで、そして空は青いままで、どこか見えないところで、ただ人ばかりが死んでいく。 この悲劇にリアリティを持てないのはアーティストとして失格なのではないか、と罪悪感にも似たものを感じる人もいるのだ。 「自分は世界とうまく繋がっていない気がする」のは、アーティストならたいてい抱えているメンタリティだが、「コロナ禍にリアリティを感じられない、というリアリティ」は紛れもなくコロナ禍による断絶のひとつだ。そこを見つめていけばいい。そもそもリアリティとは他人に合わせるものでもないしな。 大切なのは、考え続けることだ。無関心や虚無に絡め取られたり、安心を語る大きな声にすがって思考停止してしまわないかぎり、自分の中にある真実を突き詰めていけば、それでいいのだ。 というわけでオレも11月に「オンライン・トーク・フェスティバル」をやってみることにした。これは日本中にいる、かつてオレを招いて呑みながらダンスの話をする「ダンス酔話会」を主宰してくれた剛の者たちの協力によるもの。冒頭に述べたディレクターの皆さんと、無くなった/縮小したフェス=「ないフェス」について語ってもらうなど企画中だ。詳細は追って!第73回 「街は美しく、空は青く、ただ人ばかりが……」 昨年はイタリア2回、フランス、スペイン、韓国、シンガポール、上海へとダンスの国際フェスティバルの取材に飛び回ったが、今年はゼロ。一度も海外に出ないのは30年ぶりくらいである。 オレは日本で4つ、韓国で1つの国際ダンスフェスのアドバイザーを務めているが、いずれもコロナ禍で対応を迫られている。ソウルの国際フェス『New Dance for Asia』は毎年夏に行われてきたが、今回の出演者とゲストは韓国国内に限りソウル市と大邱(テグ)市で行われた。上演された作品の映像は、関係者に限定配信される。国内では、『踊る。秋田』が秋に開催予定だった「土方巽記念賞」国際コンペティションを1年延期。東京の『Dance New Air』も来年度に延期だが、規模を縮小したプログラムを12月に予定している。来年1月の『北海道ダンスプロジェクト』、2月の『福岡ダンスフリンジフェスティバル』は、まだ未定である。 さて、オレはアーティストに対して「コロナ禍という『人類にとって100年に一度の厄災』に遭遇したいま、自分が感じたことをぜひ作品化してほしい」と、ことあるごとに言ってきた。100年後の人々に「ああ、2020年のコロナ禍で、人々はこんなことを考え感じていたのか」と伝えてほしいのだ。それはアーティストに課せられた使命では、とすら思う。 だが、このところ若いアーティストと話していると、「ちょっとそういうのでもない感じ」に気づいた。 コロナ禍で大変なのは、まず生命が、次に仕事と収入が断たれることだが、ダンサーの中には「知り合いに感染者もおらず、経済的にもなんとなく大丈夫な人」も、そこそこいる。毎日報じられる感染者数や遺族、最前線で戦う医療関係者、続々と閉店・廃業していく店や会社のニュースを見るたび、思いを馳せる。けどなんつーかこー、正直本当の意味での恐怖といった実感は持てないまま過ごしているのだ。 それどころか、外を歩けば人混みは緩和され、あれだけ偉い人たちが話し合っても止まらなかった世Proleのりこしたかお/作家・ヤサぐれ舞踊評論家。『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』『ダンス・バイブル』など日本で最も多くコンテンポラリー・ダンスの本を出版している。うまい酒と良いダンスのため世界を巡る。http://www.nori54.com乗越たかお

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