eぶらあぼ 2020.10月号
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25近未来ディストピア映画的な、目が離せないオペラが誕生取材・文:林田直樹な間の入った音楽を書いたところもあります」 音楽を通して役柄になりきる面白さ、それは藤倉が子どもの頃に演劇をやっていた経験からもくるのだろう。話を聞いていると、オペラを書くことへの愛着と情熱に驚かされる。 「幼い頃から僕にとって作曲とは、実はメロディを書くことなんです。時に現代音楽と呼ばれてしまう新しい音楽でも僕はメロディが書きたい。オペラはリハーサルもコラボレーション。指揮者、歌手とはもちろん、コレペティトール(歌手のコーチをするピアニストでオペラの稽古には不可欠な存在)が救ってくれる場面も多い。僕はコレペティを半分冗談でボスと呼ぶこともあります。彼らは歌手のことを熟知しているし、曲の細部まで注意を払ってくれる」 今回演出を担当するリディア・シュタイアーは2018年ザルツブルク音楽祭の《魔笛》で好評を得るなど、いま世界から注目されている旬の演出家だが、藤倉との信頼関係も厚い。しかも今回キーポイントとなる「合唱を扱うのが得意」だという。 それにしても、「アルマゲドン」とは世界最終戦争のことを指す、聖書からとられた言葉である。コロナ禍で苦難にある現代の世界において、これ以上ふさわしい予言的テーマもないように思える。 「話し合いで解決すべきなのに、戦争が起こってしまっている状況というのは、すべてにおいて間違っているじゃないですか? 特に子どもが武装して戦争に参加させられているというのは。ただ、僕は“だからこうすべきだ”という風な作品にはしたくないんです。これから何かを考える糧にしていただければ」 いまこそ、オペラが芸術の果たす役割の先頭に立つべきときが来ている。そんな時代の記念すべき事件となる舞台に、ぜひ立ち会いたい。 いよいよこの秋最大の話題作のひとつ、藤倉大作曲による、新国立劇場・委嘱新作オペラ《アルマゲドンの夢》(H.G.ウェルズ原作、ハリー・ロス台本、リディア・シュタイアー演出、大野和士指揮)の世界初演が間近に迫ってきた。 ロンドンの自宅の藤倉大にリモートで話を聞くと、そこで何度も話題に出てきたのが、台本を担当する脚本家・詩人のハリー・ロスとの共同作業についてである。 「ハリーとは20数年も一緒に仕事をしている仲の良いコラボレーター同士です。彼は僕の音楽をとてもよく知っているし、いい音楽を書かせる言葉を書いてくれます。音楽についても意見を言ってくれて、詩とは関係ない管弦楽の部分で、僕にとって書きにくい暴力的なシーンなんかでも『もっと炸裂するような、時には凶暴な音楽を、ダイならできるんじゃないかな?』と励ましてくれたりする」 藤倉と話をしていて常に感じるのは、作曲という行為そのものが、コミュニケーションとコラボレーションなしには成り立たない、そういう創造の現場ならではの活気である。 台本もあらかじめ読んだが、合唱(今回3作目となる藤倉のオペラでは初めて本格的に起用される)に割り当てられた言葉の鋭さ、強さには特に、音楽との関連を感じさせるものがあった。雨と灰色のイギリスの雰囲気を思わせる電車の中のシーンから始まり(これは藤倉とハリーが昔からこだわっていたシーンである)、「平凡な男の考える夢の新婚生活」のようなプライベートで官能的なシーンもあったり、原作にはない、ヒロイン役の女性が革命のリーダーになるような展開があったり、やがて全体主義国家の脅威と暗黒へと覆いつくされていったりと、近未来ディストピア映画的な、わくわくさせられるような内容である。 「ナショナリズム的なシュプレヒコールの音楽とか、裏切り者のいらつくようなキャラクターの音楽とか、今までに聴いたことのないようなダンスミュージック(不規則なワルツにしました)とか、そういうものを台本の要求に従って書くのはすごく面白かったですね。独裁者の演説シーンでは、過去のさまざまな独裁者たちのスピーチ・パターンをYouTubeで研究して、彼らがみな言葉と言葉のあいだに沈黙を入れていることに気が付いたので、そういう不思議Prole1977年大阪に生まれ、15歳で渡英。数々の作曲賞を受賞。ザルツブルク音楽祭、ルツェルン音楽祭、BBCプロムス、バンベルク響、シカゴ響等から作曲を依頼され、共同委嘱多数。2014年には名古屋フィル、17年にはイル・ド・フランス国立管弦楽団のコンポーザー・イン・レジデンスに就任。15年にシャンゼリゼ劇場、ローザンヌ歌劇場、リール歌劇場共同委嘱によるオペラ《ソラリス》を世界初演、18年アウグスブルク劇場で新演出上演された。17年にヴェネツィア・ビエンナーレ音楽部門銀獅子賞受賞。同年から東京芸術劇場「ボンクリ・フェス」の芸術監督。

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