15世界的苦境下で迎える開館20周年、価値の本質を問い直す取材・文:柴田克彦 写真:藤本史昭客様はそれを聴いて手に汗を握る。それができたらいいコンサートだったと言えると思うのです」 10月に始まる新シーズンも充実のラインナップが用意されている。「20周年といってもようやく成人式。総括する気はまったくないのですが、室内楽や音楽の意味を今一度問いたいとの思いはあります。そこで、皆がアニヴァーサリーのベートーヴェンをやる中、『室内楽こそが、音楽における唯一かつ真正なる形式で、最も正当な個性の表現』と語ったフォーレの室内楽で開始することにしました。この公演には、近年のレジデント的存在のフォーレ四重奏団、クスマウルのように人間力で聴かせるピアノのジャン=クロード・ペヌティエ、若手を代表してチェロの岡本侑也と、当ホールゆかりの演奏家が出演するので、これまでの企画の象徴的な意味も多少あります。このほか、テノールのクリストフ・プレガルディエンのシューマン、ヴァイオリンのユリア・フィッシャーとチェロのダニエル・ミュラー=ショットの共演、ピアノのロジェ・ムラロのメシアン『鳥のカタログ』といった馴染みの面々の新鮮な企画、トリオ・ヴァンダラー等の初登場組、ヴァイオリンの郷古廉など若手が主役を務める公演もあります。またフライブルク・バロック・オーケストラも目玉の企画。いつもシーズンの開幕を飾るハーゲン・クァルテットが、これまでにないプログラミングでトリを務めるのも20周年ならではといえるでしょう」 しかし今はコロナ禍でもある。「現在の状況をいかにポジティブに消化できるかが重要だと思います。アーティストは自己を検証し、伸ばす部分は伸ばし、弱い部分は補う。ホールや業界は、ライブが生き残っていくために何が必要かを問い直し、より訴求力のあるものを考える。単に『前に戻そう』との考えはナンセンスだと思いますし、ただ嘆いている人と変えていこうとする人とでは、3年後、5年後に大きな差がついていると思います」 意欲と刺激に満ちたトッパンホールと西巻の動向から目を離せそうにない。 “室内楽の殿堂”トッパンホールは今秋開館20周年を迎える。“質の高さ”にこだわり抜いて、演奏家・ファンの双方から厚い信頼を得ている同ホール。その主催公演のキーマンがプログラミング・ディレクターの西巻正史だ。彼は開館の半年後に就任して以来、独自のポリシーを打ち出してきた。「『主催公演はホールの意志を体現する』が私の基本的な考え方。クリアで上質な音響を有するインティメイトな空間の中で、『お客様は演奏者の息遣い、演奏者はお客様の反応が手に取るようにわかる』というライブの面白さをとことん追求しようと、ラインナップを組んできました」 それは様々な試みの連続でもある。「道を整理するため、初期は園田高弘さん、ライナー・クスマウル氏に軸になってもらい、なかでもクスマウル氏には、室内楽の温かさや深さ、人間力が生み出す音楽を教えていただきました。それからアンドレアス・シュタイアー、ジュリアーノ・カルミニョーラといった日本で見逃されがちなドイツやイタリアの古楽奏者や、ハーゲン・クァルテットを紹介し、普段聴かないジャンルの面白さを発見してもらうべく、時代や作曲家等で括ったシリーズとそのセット券を企画しました。また若手育成を柱にした『ランチタイム』『エスポワール』等のシリーズも継続してきました」 これらを通して企図したのは、従来にないホールの在り方だ。「個々のファンが集う場やお洒落な場ではなく、『演奏者の名前は知らないが、トッパンの公演なら行ってみよう』という“ホールの中身のファン”を作りたかった。また“大人の遊び場”を標榜して、影アナ(注意事項等のアナウンス)を廃し、プロデューサー的な立場としては、“アーティストに物申す”姿勢で臨んできました。まぁ、後発の室内楽ホールの在り方を、ちょっと尖って追求してきた感じがしますね。これは昨今の風潮である“わかりやすい”“心地よい”ものではなく、かつての日本人が持っていた“よくわからないけど凄い”といった嗅覚を蘇らせたいと願うがゆえでもあります。そしてそのためのキーワードは“汗”。我々は汗をかいて勉強してアーティストに様々な提案をし、アーティストには難度の高いプログラムを見事克服すべく汗をかいてもらう。おInformationトッパンホール 2020/2021シーズン問 トッパンホールチケットセンター03-5840-2222https://www.toppanhall.com※ラインナップの詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。
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