eぶらあぼ 2020.7月号
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79公演再開に思うクラシック音楽界の過去と未来 欧州では、新型コロナウイルスの感染状況がやや下火になってきたことを踏まえ、オーケストラやオペラハウスが演奏を再開する動きが出ている。ウィーンでは、ウィーン・フィルやウィーン交響楽団が楽友協会で弾き、ソリストや室内楽のコンサートも実施されるという。ベルリンでは、ベルリン・ドイツ・オペラが6月に予定していた《ラインの黄金》のプレミエを、縮小編成およびセミ・ステージ形式で敢行。ライプツィヒ・ゲヴァントハウスでは、初夏のショート・フェスティヴァルを計画しているという。 これらのコンサートは、現在の安全規則に従い、客席を80〜100人ほどに限定して、座席間の距離を確保しながら行われる。ベルリン・ドイツ・オペラの場合、会場は劇場に隣接した付属ガレージ、つまりオープンエアである。興味深いのは、多くのケースで入場料が安価に抑えられていること。ライプツィヒでは、ネルソンス指揮ゲヴァントハウス管メンバーの演奏会が30ユーロ(約3,600円)となっている。《ラインの黄金》に至っては、観客が上演後、「自分が払いたいだけのお金を募金箱に入れる」形式だという。つまり、損得抜き=やることに意義がある、ということだ。 それはまったくその通りで、演奏会再開のメッセージを送る意味で、ぜひやるべきだと思う。ただ、素直に喜べないことも確かである。採算が取れなくてもいいのは、これらの団体が助成金(多くの場合、総収入の70〜80パーセント)を受けているからで、プライベートの主催者が多い日本の状況を知っていると、羨ましい以上に、悠長な感じがしてしまう。東京では、主要オーケストラが存続をかけて必死の解決策を模索しているが、ドイツの楽団は、(大部分のメンバーが演奏していないにもかかわらProfile城所孝吉(きどころ たかよし)1970年生まれ。早稲田大学第一文学部独文専修卒。90年代よりドイツ・ベルリンを拠点に音楽評論家として活躍し、『音楽の友』、『レコード芸術』等の雑誌・新聞で執筆する。近年は、音楽関係のコーディネーター、パブリシストとしても活動。ず)普通にお給料を貰い続けているのだ。 そして、聴衆である我々の気持ちも複雑である。楽友協会大ホールで行われるウィーン・フィル定期の聴衆が100人というのは、演奏会の雰囲気としては、異様な光景と言わざるを得ない。確かに生の演奏が聴けることは嬉しいが、とてもリラックスしては楽しめないだろう。むしろコロナ禍の厳しい現実を実感する機会となり、身につまされるのではないだろうか。つまり、あくまでコンサート再開というシンボリックなメッセージ発信のためであって、音楽自体を享受するためではない。 というわけで、何度ひっくり返してみても、悩ましい限りだ。正直に告白すると、コロナ以前の筆者は「飽食的な」聴き手だった。最高水準の音楽が溢れるベルリンで、本当に美味しいものだけをつまみ食いし、しかもそれに難癖を付けていた(「今日のベルリン・フィルは、まあ80点だったね」等)。しかし今では、それが豊かさに発するデカダンスであり、ライヴ演奏が本当にかけがえのないものであることを、強く感じている。半年後(?)に「普通の」コンサートライフが送れるようになった時には、その喜びを深く噛みしめ、またずっと感じ続けられる自分でありたいと思う。城所孝吉 No.48連載

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