eぶらあぼ 2020.5月号
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28©Marco Borggreve5/13(水)19:00 東京オペラシティ コンサートホール問 ジャパン・アーツぴあ0570-00-1212 https://www.japanarts.co.jpジャニーヌ・ヤンセン ヴァイオリン・リサイタル深遠で優美なヴィルトゥオーゾ  文:小林伸太郎 5月に東京オペラシティ コンサートホールでソロリサイタルを予定しているヴァイオリニスト、ジャニーヌ・ヤンセンの演奏を、2月中旬のニューヨークで聴くことができた。2019~20年シーズンのヤンセンは、開幕早々に左腕の怪我を発表、いくつか演奏会をキャンセルしてファンを心配させた。しかしこの2月のヤープ・ヴァン・ズヴェーデンが指揮するニューヨーク・フィルハーモニックと共演した演奏は、そんな一時の不調を全く感じさせないエネルギッシュかつエレガントなものだった。ブラームスの協奏曲で放った“静かな情熱” 今回のニューヨークでのコンサートは、東京で行われるピアノと共演のリサイタルではなく、ブラームスのヴァイオリン協奏曲だった。この曲は、しばしばベートーヴェンおよびメンデルスゾーンの協奏曲とともに「三大ヴァイオリン協奏曲」と呼ばれる、いわゆる名曲中の名曲であり、オーケストラがソリストの引き立て役に回るのではなく、ソリストとオーケストラが一つになった交響曲のように重厚なサウンドで知られている。しかし同時に、第1楽章終わりの、古今の名奏者たちが書いたカデンツァなど、ソリストがその技を披露する機会にも事欠かない曲でもある。ヤンセンももちろん、テクニックの面でもサウンドの面でも、そういった面を誇示しようと思えばいくらでもできる実力を持っているはずだ。しかし彼女の演奏は、自然な抑制によってゆっくりと湧き上がる、静かな情熱に満ちたものだった。 グリーンのシンプルなシルエットのドレスで現れた彼女は、たとえフレーズに導かれて動作が大きくなっても、効果を狙ったところを全く感じさせない。同じオランダ出身でヴァイオリニストでもあるズヴェーデンへの信頼感も高いのだと思うが、オーケストラのヴォイスを自然に導くかのような彼女のフレージングは、室内楽のような親密さに満ちている。お互いがお互いを聴き合う、デュエットのパートナー同士と言ってもいいかもしれない。真の個性を獲得した繊細な音楽 彼女のこの日の演奏を特徴づけるものとして、多くの人がまず挙げたくなるのは、磨き抜かれたテクニックがあるからこその抑制だと思う。しかしその抑制は、静かで深い呼吸に支えられているからだろう、窒息するような閉塞を感じさることはない。むしろ彼女の抑制は、確固なシェイプがあってこそ生まれる奔放なまでの自由を獲得していた。 そして何より清々しいことに、彼女の音楽は一つひとつのフレーズ、サウンドに明晰なる意図を感じさせながらも、「さあ、これが私の考えるニュアンスです」とでも言いたげな、独自の刻印を刻むことに意義を見出すかのような、押し付けがましさがまるでない。枝葉末節に凝り固まったアプローチではなく、真の個性を獲得した繊細な音楽がそこにある。アンコールで聴かせてくれたバッハのパルティータ第3番ホ長調の第2楽章も、染み渡るような静謐さで会場を満たし、心動かされた。 本格的なソロ活動をするようになって、ほぼ20年となるヤンセン。同世代ヴァイオリニストの中でも抜きん出て優美な演奏は、いよいよ円熟に向けて次なる扉を開こうとしている。東京でも、生誕250年を迎えるベートーヴェンのソナタ第7番に始まり、グリーグ、クララ・シューマン、リヒャルト・シュトラウスと、幅広く起伏に富むプログラムで、彼女の今を存分に聴かせてくれるに違いない。 新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、公演やイベントの延期・中止が相次いでおります。掲載している公演の最新情報は、それぞれの主催者のホームページなどでご確認ください。

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