eぶらあぼ 2020.5月号
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23ベルリン・フィル八重奏団は、共通のベースの上で新しいアイディアを見出せるのが魅力です取材・文:柴田克彦ます。曲自体は、ヴァイオリンはヴァイオリンらしく、ホルンはホルンらしく、各楽器の魅力が引き出されていて、一人ひとりが輝ける場所が確実にある作品。オーケストラ風に作られている面もありますから、そこを楽しむこともできます」 今回は、細川俊夫の委嘱新作も注目される。 「このグループのために書かれた新作はたくさんあり、これも一つのアイデンティティになっています。今回はその延長線上での委嘱。細川さんはベルリン・フィルと仲の良い作曲家で、シュテファン(・ドール)のためにホルンの曲も書いていますし、音楽そのものがメンバーにとって親しい存在ですから、八重奏団にもぜひ作品を、と考えました。細川さんの音楽はカラフルで柔らかく、フランス的な面も“和”のテイストもあって、色々なイメージができます。メンバー一人ひとりのこともよくご存知なので、皆の長所を引き出すような曲を書いてくれるのではないかと、すごく期待しています」 もう一つ、後期ロマン派の作曲家フーゴ・カウンの八重奏曲という珍しい作品が披露される。 「これは未知の世界です。私がたまたま発見して凄い曲だなと思い、メンバーに提案しました。20分ほどの単一楽章作品。ロマンティックで素敵な曲ですし、ベルリンの作曲家という繋がりもあります」 今回のプログラムはすべて八重奏曲で構成されている。これは当グループでも極めて稀だという。 「せっかくの八重奏団なので、八重奏曲だけのプログラムをずっとやりたいと思っていました。それがようやく実現できます。ともかくベルリン・フィルの中でも仲の良い凄腕のメンバーばかり。ステージでは全員楽しんでいるのが音楽に表れ、それが聴衆の皆さんにも伝わると思います」 彼の話を聞くと、この最高のアンサンブルを生で体験したいとの思いが、よりいっそう膨らむ。 2009年からベルリン・フィルの第1コンサートマスターを務める樫本大進。10年にわたってこの最高峰オーケストラを牽引してきた彼は、13年からベルリン・フィル八重奏団のメンバーとしても活動している。1928年に第一歩を記した当グループは、同楽団の室内アンサンブルの中で最も長い歴史を持つ団体の一つ。樫本は今、その中核をも担う。 「メンバーが大きく変わることになった際に、クラリネットの(ヴェンツェル・)フックスさんから誘われ、『ハイレベルのグループで楽しそうだな』と思って加わりました。以来、ベルリン・フィルの良さを出す小バージョンという感覚で取り組んでいます」 だがオーケストラとの違いも魅力だ。 「オーケストラの場合は指揮者が方向性を決めますが、八重奏団は各々が指揮者の役割を担っていますので、皆の意見を話し合いの中でまとめる作業が生じます。いわば、縦のラインでゴールを目指すのがオーケストラ、横のラインでゴールを目指すのが八重奏団で、その点では大きく違います。ただ全員同じ楽団で演奏し、お互いのこともよく分かっているので、共通のベースの上で新しいアイディアを探ることができます。そこがとても面白いですね」 ソロでも活躍する樫本は、室内楽も「大好き」だと話す。 「室内楽は、様々な演奏家、色々なキャラクターがぶつかり合いながら一つになる作業ですから、音楽の作り方がオケともソロとも異なります。私は濃いキャラクターを持っている方たちと一緒にやる方が楽しい。ぶつかり合ったからこそ生まれる新しい音がありますし、自分も違う音楽を作ることができます。とはいえこの八重奏団の場合は、世界最高のプレイヤーたちが皆で意見を言い合いながら、同じ目標であるいい音、いい音楽に向かっているといった形ですね」 当グループは今年、日本ツアーを行う。当然演奏されるのが、トレードマークであるシューベルトの八重奏曲。現メンバーでも2017年に録音し、ステージと合わせて濃密な名演を展開している。 「これを演奏するために作られたグループですから、常にDNAとして受け継がれていて、メンバーや弾き方や解釈が変化しながらも、一本の糸で繋がっている感じがします。ただしメンバーの個性が強ければ強いほど面白いものができる曲でもあり、その意味では我々独自の八重奏曲ができていると思いProleフリッツ・クライスラー、ロン=ティボーなど、5つの権威ある国際コンクールで優勝。これまで、恵藤久美子、田中直子、ザハール・ブロン、ライナー・クスマウルに師事。ソリストとして、小澤征爾、ヤンソンス、P.ヤルヴィらのもと、国内外著名オーケストラと共演を重ね、力を注ぐ室内楽に関しては、毎秋兵庫県で「ル・ポン国際音楽祭」を開催している。主なCDに、『ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ全集』(ワーナー・クラシックス)など。2010年ベルリン・フィル第1コンサートマスターに正式就任。使用楽器は1674年製アンドレア・グヮルネリ。

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