eぶらあぼ 2020.5月号
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122憎悪をぶつけ合うようなハイストレス社会になったときこそ、人々は地下に潜ってでもアートを求めてきた事実がある。オレが20年前、連日死傷者がでるような自爆テロが頻発するイスラエルのダンスフェスに行ったときにも、人々は餓(かつ)えたように舞台に見入っていた。 人間という生物は、利己的に振る舞うよりも集団で助け合った方がトータルで生き残る確率が高くなるからこそ、社会や国を作ってきた。だが、ハイストレス社会では誰かに「敵」というレッテルを貼って攻撃するようになる。しかしアートは、分断された人と人をつなぐのである。以前も書いたが、いいダンスを見て良い音楽を聴いたあとに、人を傷つけたいと思う人はいないだろう。 自国が戦場になってきたヨーロッパは、そうやってアートに救われた経験の積み重ねが、今回の手厚いアーティスト支援の根底にあるのかもしれない。 ネットでは、自宅待機中のダンスファンのために、多くのバレエ団やダンスカンパニーが様々なサービスを行った。無観客上演のライヴ配信、過去作品をネット公開、一流のバレエダンサーが自宅でできるレッスンをネット配信するなどなど。 かくいうオレもいくつも仕事がとんでマジでヤバい危機感をダンサーたちと共有している。だが書いて書いて、続けて、つないでいくつもりだ。(本稿はすべて執筆時の4月初頭時点での状況)第67回 「新型コロナが分断する社会。そのときアートは?」 新型コロナウイルスによる舞台芸術が受けた打撃は破壊的で、しかもまだ続いており終わりが見えない。数年かけて準備した作品が、観客の目に触れることなく続々と中止になっていく。「要請」によって中止された公演への補償・補填はなく、損失はすべて当事者が背負わざるを得ない。ただでさえ不景気の中カツカツでやっている多くのアーティストや制作者は、ひとたまりもない。ダンサーは公演のみならず、バイト先のバレエ教室やスポーツジムまで「自粛」になるため、収入の道がいきなり絶たれてしまうのだ。 しかしドイツ政府が「アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要なのだ」と「無制限の支援」を約束したように、アジアを含む海外各国はいち早くアーティストを守る姿勢を表明し、スピード感をもって対応している。しかもこれらの国の多くは、数十万円単位の現金支給や休業補填などを全国民対象に行っている。一方、日本の政府は「国民への一律給付は行わない」と明言(のちに条件付きでの給付が発表された。あとマスク2枚)。 今回の新型コロナが与えたダメージは、人命・生活・仕事・経済と多岐にわたるが、なかでも社会に内在していたヘイトや分断を露見させてしまったことも見逃せない。 新型コロナがまだ「アジアの病気」だと思われていた初期の、欧米でのアジア人(中国だけではない)への差別。日本でライヴハウスからクラスター感染者が出たとなれば、ギターを持った若者が電車に乗っているだけで責められる。攻撃の矛先は、患者家族や医療従事者にまで及び、「同じマンションにいてほしくない」などといわれる。 そんなときこそアートを、というと、理想論に聞こえるかもしれない。しかし歴史を見てみれば、戦争下、占領下、収容所等、人々が希望を失い、不安やProleのりこしたかお/作家・ヤサぐれ舞踊評論家。『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』『ダンス・バイブル』など日本で最も多くコンテンポラリー・ダンスの本を出版している。うまい酒と良いダンスのため世界を巡る。http://www.nori54.com乗越たかお

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