eぶらあぼ 2020.4月号
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179コロナの猛威と音楽業界〜スイスはどう対応したか? 2月28日、スイス政府は、新型コロナウイルス感染症への対策として、国内の1000人以上のイベント(スポーツ、文化、見本市等人が集まる催し全般)を3月15日まですべて禁止する決定を下した。これは公共団体、プライベートを問わず適用されるもので、ヨーロッパでは現状で最も厳しい処置と言える(本稿執筆時点)。 決定の背景には、直前までカーニヴァル・シーズンだったドイツで、会場(数百人収容のイベント・ロケーション)で感染した事例があったこと、ドイツ、スペインで大規模な見本市が中止になったこと等があると思われる。欧州では、新型コロナウイルスについては、2月中旬までは「アジアで起こっている」という認識で、他人事のような雰囲気があった。しかし、イタリアで町(道路)が封鎖されたり、学校や公共施設が閉められたりしたことで、一気に現実感が増した。 日本でも、ミラノ・スカラ座等、北イタリアでの劇場休演がニュースになっているが、スイスでのイベントの禁止は、全国対象という点で、これまでとは次元が異なる。直前に日本で、政府によるイベント自粛要請(2/26)や学校の全国的休校要請(2/27)が発表されたことが、決定に影響を与えたと考えることもできる。 主催者側にとっては、悩ましい問題だと思う。コンサートは、事前に様々な契約が交わされ、準備も行われるので、すでにコストが生じている。しかし取り止めの判断をした場合、国は経済的損失の補償をしてくれない。スイスのケースは、安倍首相のような「要請」ではなく、法的効力のある議会決議であり、主催者は自分の判断ではなく、国によって中止を余儀なくされる。国立、公立機関ならば、運営費の出所のお達しなのでまだいいが、一般のプロモーProfile城所孝吉(きどころ たかよし)1970年生まれ。早稲田大学第一文学部独文専修卒。90年代よりドイツ・ベルリンを拠点に音楽評論家として活躍し、『音楽の友』、『レコード芸術』等の雑誌・新聞で執筆する。近年は、音楽関係のコーディネーター、パブリシストとしても活動。ターが行う演奏会等の場合、その損害補償を国がしてくれないというのは、困った話である(スイスには、感染症の拡散を防ぐための法律があり、この種の一方的な決定が可能なのだそうだ)。興行中止保険をかけている主催者は多いはずだが、つぶれる会社も当然出てくるだろう。その場合、救済措置はあるようなものの、たとえ金銭的に保証されるとしても、手続きには時間がかかる。 この状況下で、チューリヒ歌劇場では、チケット販売を900枚に絞って上演を続行するという施策に出た。「1000人以上の催し」と決まっているなら、その下の人数でやればいい、という「コロンブスの卵」的な発想である。同歌劇場は、チューリヒ州の助成を受けた株式会社(半公共機関)だが、この策には、国の決定を受け入れながら経済的窮状を回避するしたたかさが感じられる。 同時に頭をよぎるのは、イベント一斉禁止のような状況が、ドイツやフランスでもあり得るのか、ということ。ベルリンでは、3月初旬に開催予定だった(世界最大と言われる)国際観光見本市が、実質的に州の圧力により中止となった。これが果たして今後、ホールや劇場の閉鎖につながってゆくのか…。新型コロナウイルスとの戦いは、クラシックを含む欧州のイベント業界にも、確実に波及している。城所孝吉 No.45連載

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