eぶらあぼ 2020.3月号
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 2018年秋、イタリアのオペラ界にまさに彗星の如く現れ、あっという間にスターダムにのし上がったバリトンがルカ・ミケレッティだ。デビューから2年というのにイタリア各地はもちろん、世界でも引く手あまたの活躍をしている。 「僕はオペラ歌手としてデビューする前に舞台俳優と演出の仕事をしていたんです。役者としての舞台経験が大いに役立っています」と語るミケレッティはローマのサピエンツァ大学で演劇論を学び、ルネサンス期の劇場について研究した後、舞台俳優と演出家の道に進んだ。「演劇の世界でも、特に1900年代の作品は音楽と融合した、ハイブリッド(役者と歌手)的な作品が多くなってきたので、役者が舞台で歌えることも重要な要素なんですよ」。その言葉通り、彼がブレヒトの舞台に立っている時に著名な映画監督マルコ・ベロッキオの目に留まった。監督は自身の映画でオペラ歌手を演じる俳優を探していたのだそうだ。「オペラ歌手の役にとても興味をもちました。その役をうまく演じられるように歌のレッスンを始めたんです。僕はブレシア生まれなので、同郷の世界的なテノールだったマリオ・マラニーニ先生の門をたたきました。何回かレッスンを受けているうちに、先生から真面目にオペラ歌手の勉強をしてみたらと言われて、その気になったんです。勉強すればするほど、ますますオペラの魅力にはまってしまいました」 今度はオペラの舞台に立ちたいと願って受けたのがラヴェンナで募集していた《オテロ》のイアーゴ役のオーディションだった。ラヴェンナでリッカルド・ムーティの夫人クリスティーナに絶賛され、2018年にイアーゴ役でデビューして大成功を収めた。そして翌年、ムーティが主宰するイタリア・オペラ・アカデミーで《フィガロの結婚》の伯爵役に選ばれた。 「アカデミーではマエストロ・ムーティから、台本の一言一言がいかに音楽と結びついているか、それを表現することがいかに大事かということを学びました。そして、演奏家としての道を歩んでいくための秘訣を、マエストロが生涯をかけて歩んできた経験をもとに直接教えていただけたのです。アカデミーの毎日は本当に充実していました。マエストロご夫妻には心から感謝しています」 クリスティーナさんの依頼で昨年はラヴェンナで《カルメン》の演出とエスカミーリョ役の両方に挑戦した。エスカミーリョも初めて、オペラ演出も初めてだったが、充分な稽古時間があったことも幸いして、公演を成功に導くことができた。その結果、今年は《ファウスト》と《ドン・ジョヴァンニ》の演出を依頼されている。 さて、東京・春・音楽祭では今年のアカデミーの演目《マクベス》で主役を歌う。舞台俳優時代にシェイクスピアの《ハムレット》(主役)を演じたことはあるもののマクベスは演じたことはないそうだが、「ヴェルディは出演者を歌手と呼ばずに役者と呼んでいるんですよ。ヴェルディの注釈は『声にならない声で』などマクベス役には役者としての演技力を要求しています。コンサート形式でも場面が目に浮かぶような表現で歌いたいと思っています。マクベスは野心と悪を描いた作品ではないと考えます。『恐れ』が呼んだ悲劇、戦いに勝利をもたらす英雄の心の奥底にある恐怖の物語なのです。マクベス役はマエストロ・ムーティが推薦してくださったのでとても光栄に思っています。日本に行くのは初めてです。素晴らしい国だと聞いていて、一度は行ってみたいと憧れていました。とても楽しみにしています」 シドニーでの《ドン・ジョヴァンニ》公演が終わるとすぐに来日だ。夏には《ドン・カルロ》でロンドンの英国ロイヤル・オペラでのデビューが決まった。ヴェネツィア、フィレンツェ、ラヴェンナと今年から数年間、彼のスケジュールは国際的な活動で埋まっている。容姿端麗、美しい響きを持つバリトンの声、貴公子的で上品な物腰に抜群の演技力とくれば、日本のオペラファンも魅了されるに違いない。とにかく将来が楽しみな魅力にあふれたオペラ歌手の誕生である。79Information東京・春・音楽祭 2020 イタリア・オペラ・アカデミー in 東京 vol.2 リッカルド・ムーティ指揮 ヴェルディ:歌劇《マクベス》(全4幕/演奏会形式/字幕付)3/13 (金)18:30、3/15(日)15:00 東京文化会館指揮:リッカルド・ムーティ マクベス:ルカ・ミケレッティ バンコ:リッカルド・ザネッラート マクベス夫人:アナスタシア・バルトリマクダフ:フランチェスコ・メーリ マルコム:城 宏憲 侍女:北原瑠美 管弦楽:東京春祭特別オーケストラ合唱:イタリア・オペラ・アカデミー合唱団問 東京・春・音楽祭チケットサービス03-6743-1398 https://www.tokyo-harusai.com

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