eぶらあぼ 2020.3月号
80/205

77 東京春祭はまさに今、質・量ともに地域の枠を超えグローバルなオペラやクラシックの潮流に乗る音楽祭の一つへと育ちつつある。契機となったのがワーグナーの連続上演だが、昨年からはワーグナー上演の総本山とも言うべきバイロイト音楽祭との提携公演も始まっている。 代々ワーグナー一族によって担われてきたこの音楽祭は、今や斬新な演出を通じ“実験劇場”として始祖のイメージを積極的に刷新しているが、そうした創造的破壊だけでなく、2009年にスタートした「子どものためのワーグナー」では、オペラ文化を次世代へとつなぐ試みにも乗り出している。オペラの本質は古今東西、老若男女が楽しめるドラマ。そのエッセンスをぎゅっと絞り、子ども向けに手を入れた。 第一弾の《さまよえるオランダ人》に続き、今年もまたワーグナーのひ孫カタリーナの監修で《トリスタンとイゾルデ》が登場する(3/28〜4/5)。大手町の三井住友銀行東館 アース・ガーデンに舞台となる船が展開され、ストーリーは1時間半ほどに短縮されて、主要モティーフをちりばめつつ演劇仕立てで進んでいく。歌こそドイツ語だが会話部分は日本語だ。舞台と客席はシームレスにつながっンの自作を交えたプログラム(3/22)、日本でも人気が再燃しているデジュー・ラーンキのベートーヴェンを軸にした構成(4/15)なども、ピアノ好きにはたまらないだろう。変り種はフェルハン&フェルザンのエンダー姉妹。トルコ生まれの双子で、ヴィヴァルディ「四季」、ストラヴィンスキー「春の祭典」などに同じトルコ出身のファジル・サイの作品などを挟んだ、凝ったピアノ・デュオを披露(3/18)。 東京春祭と言えばオペラ・合唱が真っ先にイメージされるけれど、室内楽やソロの公演にも見逃せない企画が綺羅星のように並んでいる。今年は特にピアノの当たり年で、旬のピアニスト、ここでしか聴けないピアニストが多く出演する。 まず巨匠エリーザベト・レオンスカヤが今年も来日する。冷戦期にソ連からウィーンに移住し、孤高のピアニズムを紡いできたピアニストだが、日本では長年聴くことがかなわなかったレオンスカヤを東京へ招いたのも、東京春祭の功績だ。今回はモーツァルトにシェーンベルクやウェーベルンを挟んだ一夜(4/4)、そしてベートーヴェン後期三大ソナタを一気に弾く一夜(4/8)とソロでは二つのプログラムを披露。近年は指揮者・作曲家としても活動の幅を広げるオリ・ムストネ注目のピアニストや必聴の室内楽公演が目白押し子どものためにアレンジされた《トリスタン》に期待ているから、子どもたちは作品世界にスムーズに入っていけるはずだ。トリスタンに片寄純也、イゾルデに並河寿美など一線級歌手を贅沢に配しており、生声を至近距離から体で受け止めた子どもたちは、近づきにくいと思っていたオペラが意外に人間くさい物語であることに気づくだろう。ワーグナー体験をしたキッズの中から未来のディーヴァや英雄役が出てくるかもしれない。2019年「子どものためのワーグナー《さまよえるオランダ人》」より ©東京・春・音楽祭実行委員会/増田雄介 日本勢では世界的に活躍する若手、川口成彦がモーツァルトやベートーヴェンの協奏曲を、古楽オケをバックにフォルテピアノで演奏する(4/1)。進境著しい河村尚子はハーゲン・クァルテットのクレメンス・ハーゲンとベートーヴェンのチェロ全作品を取り上げ(4/9,4/10)、パリ在住の児玉桃は親しい名手たちとお得意のメシアン「世の終わりのための四重奏曲」で参戦する(4/15)。エリーザベト・レオンスカヤ©Marco Borggreveオリ・ムストネン©Heikki Tuuliデジュー・ラーンキ©Palace of Arts - Budapest, Szilvia Csibiフェルハン&フェルザン・エンダー©Nancy Horowitz

元のページ  ../index.html#80

このブックを見る