eぶらあぼ 2020.2月号
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 これは楽しい! 論より証拠。ご自身の目と耳で確かめてほしい企画だ。 アリアをカットして、重唱だけで構成するという大胆な発想のオペラ上演をプロデュースするのは、日本を代表するメゾソプラノ林美智子。《コジ・ファン・トゥッテ》《フィガロの結婚》に続き、3月、「林美智子の《ドン・ジョヴァンニ》!」でダ・ポンテ三部作が完結する。でも、どうしてアリア抜き? 「初めての方にとって、オペラ全幕は長いし、アリアで眠っちゃうとおっしゃる方がけっこういたんですよ。じゃあ、どうしたらいいだろう。メゾの私は、もともとアンサンブルの下でハモる醍醐味や、そこからドラマがどう動いていくのか、演じながら感じていた。だからこその発想かもしれません。その視点でモーツァルトを見ると、ドラマが大きく展開するのは明らかに重唱。複数の登場人物が絡み合うアンサンブルの部分なんです。じゃあ、重唱だけでも十分にオペラを楽しんでいただけるのではないかと考え出したら面白くて」 言われてみればたしかに、アリアは一人の登場人物の独白。ほとんどの場合、そのあいだドラマの時間進行は止まり、物語は進まない。でも音楽的にはどうなの? という心配もご無用。前回の《フィガロ》を観たけれど、アリアがないことでモーツァルトの音楽が輝きを失うことはないと断言できる。 「モーツァルトの重唱の美しさは学生時代から徹底的に勉強してきました。そのアンサンブルの素晴らしさを伝えたい。そこからオペラに入っていただいて、『じつはこの役にはこんなに素敵なアリアがあるんだ』と、そういう発展もいくらでも考えられます」 つまり彼女のオペラ愛と、歌手としての経験がベース。オペラ初心者・入門者へのまなざしを原点に、結果としてできあがったプロダクションは、筋金入りのオペラ好きも十分楽しめるクオリティになっている。ベテランは、そば通が「抜き」を注文するような感覚で重唱だけのモーツァルトを楽しめるはずだ。 もちろん、重唱曲をただ並べて歌うのではない。椅子6脚のみという、最小限の装置と演出がつき、曲と曲のあいだを日本語の台詞でつなぐ。その台詞の理屈抜きの面白さもこの舞台のキーポイント。 「モーツァルトの音楽は完璧ですから、あとはもう私の発想とセンスですよね。とにかく『オペラって面白い、楽しい!』と興味を持ってもらいたい」 イタリア語で歌う歌手たちの背後に設置される巨大な字幕スクリーンが効いている(字幕=三ヶ尻正)。 「字幕をサイドに出すと、どうしても視線がそれて舞台に集中してもらえなくなるのが嫌だった。大きなスクリーンなので、誰が何を言っているのかわかるように、三ヶ尻さんの知恵とマジックハンドで歌い手の立ち位置に表示を合わせることも!」 そんな林のアイディアとセンスに応える共演者の顔ぶれは豪華。ドン・ジョヴァンニ:黒田博、ドンナ・アンナ:澤畑恵美、ドン・オッターヴィオ:望月哲也、レポレッロ:池田直樹、マゼット:加耒徹、ツェルリーナ:鵜木絵里、騎士長:妻屋秀和/後藤春馬/山田大智、そして一人オーケストラというべきピアノの河原忠之。林自身はドンナ・エルヴィーラを歌う(騎士長になぜ3人の名前がクレジットされているのかは、本番を見てのお楽しみ)。全員ノリノリで出演を快諾してくれたそうで、前回の《フィガロ》でも、彼らの本気度がひしひしと伝わってきた。  「皆さんオペラを本当に愛しているし、これまで何度も共演させていただいて、こういう発想に共感してもらえる絆ができていたからこそだと思います。それぞれの役を舞台で歌われているから、もう出てきただけでそのキャラクターになっているような方ばかり」 日本語台詞台本・構成・演出、さらには公演チラシのデザインと手書き文字まで自ら手がけ、信頼する仲間たちを迎える。まさに「林美智子のオペラ」だ。室内楽ホールでオペラ歌手の歌声を間近に聴けるのも、この企画独特の魅力。ぜひ。23モーツァルトのアンサンブルの素晴らしさを伝えたい取材・文:宮本 明 写真:藤本史昭Information室内楽ホールdeオペラ 林美智子の《ドン・ジョヴァンニ》!3/20(金・祝)、3/22(日)各日14:00 第一生命ホール出演/ドンナ・エルヴィーラ/日本語台詞台本・構成・演出:林 美智子   ドン・ジョヴァンニ:黒田 博 ドンナ・アンナ:澤畑恵美   ドン・オッターヴィオ:望月哲也 レポレッロ:池田直樹   マゼット:加耒 徹 ツェルリーナ:鵜木絵里   騎士長:妻屋秀和、後藤春馬、山田大智 ピアノ:河原忠之問 トリトンアーツ・チケットデスク03-3532-5702https://www.triton-arts.net他公演3/29(日) 東松山市民文化センターホール(0493-24-2011)

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