eぶらあぼ 2020.1月号
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174R.シュトラウスの芸術がぐっと身近に リヒャルト・シュトラウスは、1949年9月8日に死去したので、2019年は没後70年に当たる。これは音楽界では、重要な出来事だ。というのはこの12月31日で、彼の作品の著作権が切れるからである。 欧州のオーケストラやオペラハウスは、この日が来るのを心待ちにしていた。言うまでもないが、彼は20世紀の作曲家としては、最も上演回数が多い部類に属する。マーラーやラヴェルも頻度が高いが、彼らは70年以上前に死んでいるために著作権料がかからない。一方長命だったR.シュトラウスは、「英雄の生涯」や「ツァラトゥストラはこう語った」といった交響詩だけでなく、オペラもたくさん書いた。使用料は分数で計算されるので、3時間を超える《ばらの騎士》など、絶大な額になる。かといって劇場では、上演しないわけにはいかず、関係者はずっと頭を悩ませてきた。 日本の場合、著作権は没後50年だったので、R.シュトラウスの場合も1999年末で一度切れている。しかし、2018年末に法律が改定・施行されて、保護期間は70年となった。つまり日本のオケは、この1年間だけ著作権料を支払ったのである(あるいは19年だけ演奏しなかった?)。一方ベルリン国立歌劇場では、年明けに《ばらの騎士》の新演出上演を予定している。これが保護期間の終了と関係していることは、間違いないだろう。同劇場では、数年前にベルク(1935年没)の《ルル》3幕版を上演したが、ツェルハ補作版ではなく、劇場関係者が新しくオーケストレーションした楽譜を使った。これはツェルハの使用料が高く、出版社と折り合いがつかなかったためだろう。演奏パート譜はレンタルなので、交渉不成立だと本当に使えないのである。Profile城所孝吉(きどころ たかよし)1970年生まれ。早稲田大学第一文学部独文専修卒。90年代よりドイツ・ベルリンを拠点に音楽評論家として活躍し、『音楽の友』、『レコード芸術』等の雑誌・新聞で執筆する。近年は、音楽関係のコーディネーター、パブリシストとしても活動。 出版社は著作権収入で食っているので、《ルル》と同様、有名作曲家の未完の作品を完成させて、権利の寿命を伸ばそうとする。有名なのは、ベリオが最終場面を新作した《トゥーランドット》である。これは詩情に満ちた美しい補作だが、定着するには至っていない。やはり使用料が高いからだろう(リコルディ社は、かつてプッチーニの上演権で大金を稼いだ)。ちなみにR.シュトラウスの版権を持つショット社は、今年を目標に新校訂楽譜全集を出版する計画をしていた。それによって版権を更新するためだが(レンタル譜に新しい版権が生じる)、果たしてこれは実現したのだろうか。 もっともR.シュトラウス本人は、作曲家の著作権確立に尽力した人物であり、ドイツでの保護制度は彼に端を発している。それゆえ、彼の権利が護られてきたこと自体は、功績に対する当然の報いと言うべきだろう。ちなみにまだ版権が切れていない大作曲家は、シェーンベルク(1951年没)、プロコフィエフ(1953年没)、ストラヴィンスキー(1971年没)、ショスタコーヴィチ(1975年没)。ただし20年後には、保護期間は100年になっているかもしれない。城所孝吉 No.42連載

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