eぶらあぼ 2019.12月号
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30 以前はニューヨーク・メトロポリタンオペラ(=MET)のシーズンラインナップを見て、指揮者、演出、歌手のいずれも揃った世界最高水準の内容に興奮しながら、指をくわえるしかなかった。それを思えば、現地の興奮冷めやらぬうちに近くの映画館で味わえるMETライブビューイングの登場は、革命的でさえあったが、数ヵ月のタイムラグで、その絢爛たる舞台を自宅でも楽しめるとは、私たちは恵まれている。 その2018-19シーズンの演目が、12月からWOWOWで続々と放映されるが、実はこのシーズンは、日本の映画館におけるMETライブビューイングの観客動員数が過去最高を記録している。このラインナップであれば納得だ。 たとえば、これほど注目されたヴェルディ《椿姫》があっただろうか。「100年に一人のテノール」とさえいわれるフアン・ディエゴ・フローレスがアルフレードに初挑戦したのだから、世界の目が注がれたのも当然だ。フローレスはエレガントな響きで旋律に生命を与え、ヴェルディの音楽はこうして高貴に歌われてこそ活きるのだと、あらためて気づかされた。いまがヴィオレッタを歌いごろのディアナ・ダムラウとの夢の競演は、エレガンスの競演でもあった。 それだけではない。METの新音楽監督ヤニック・ネゼ=セガンが、監督として初めて指揮したのがこの《椿姫》だったのだ。スコアを深く読み込み、ドラマの起伏をヴェルディが望んだ微動にいたるまで拾い上げ、かつ心地よいテンポのもと、ダムラウもフローレスも小さな心の動きから激しい鼓動まで見事に歌い上げ、同時に演じていた。 ネゼ=セガンはプーランク《カルメル会修道女の対話》でも、敬虔な祈りの世界を緻密に描くのはもちろん、プーランクの独特の甘美な響きから厚みのある音色をも表現し、色彩あふれる立体的なドラマ作りに大きな説得力をもたせた。 アンナ・ネトレプコの熱唱が2作で鑑賞できるのもすごい。ヴェルディ《アイーダ》の表題役はネトレプコが歌うと異次元だ。彼女は少し前までモーツァルトやベルカント・オペラを歌っていたから、声をピアニッシモからフォルテの間で自在に行き来させ、旋律を色と表情で彩る力に長けている。一方、以前から力強さもあった響きが、近年、さらに成熟してきた。劇的かつ微妙な心理が細やかに描かれるアイーダ。聴き慣れたアイーダとくらべると異次元だが、それは心の葛藤の末に死を選ぶ悲劇のヒロインの正しい姿である。 同じことはチレア《アドリアーナ・ルクヴルール》にもいえる。ネトレプコはまず、著名なアリアの表現力で一気に聴き手の心を奪い、アニータ・ラチヴェリシュヴィリが歌うブイヨン公妃との激しい重唱は圧巻中の圧巻だ。ちなみに、ラチヴェリシュヴィリは《アイーダ》ではアムネリスを歌い、こちらでの重唱も手に汗握らされる。 その後も、これまた異次元のエリーナ・ガランチャと、絶好調のロベルト・アラーニャのサン=サーンス《サムソンとデリラ》をはじめ珠玉の上演ばかりがズラリと並び、すでに映画館で鑑賞した筆者も、思い出すとゾクゾクしてくる。12月からのMETの名舞台、これは見逃せない。WOWOW メトロポリタン・オペラ特設サイトhttps://www.wowow.co.jp/stage/met/※放送日時などの詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。WOWOWの「METライブビューイング2018-19シーズン」壮大な舞台に世界のトップ歌手と世界が注目する新シェフ、 最高峰の舞台を自宅で楽しめる贅沢文:香原斗志左:アンナ・ネトレプコ 《アイーダ》より ©Marty Sohl/Metropolitan Opera右:ヤニック・ネゼ=セガン ©Rose Callahan/Met Opera左:ディアナ・ダムラウ(左)とフアン・ディエゴ・フローレス 《椿姫》より ©Marty Sohl/Metropolitan Opera右:アンナ・ネトレプコ 《アドリアーナ・ルクヴルール》より ©Ken Howard/Metropolitan Opera

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