eぶらあぼ 2019.11月号
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29ベルカントオペラの源流とも言えるヘンデルの作品に大きな意欲取材・文:那須田 務 今年も11月に北とぴあ国際音楽祭が開催される。4週間にわたって様々な公演が予定されているが、フィナーレを飾るのが、寺神戸亮が率いるピリオド楽器のオーケストラ、レ・ボレアード他によるオペラ公演だ。これまでフランスのバロック・オペラやモンテヴェルディ、モーツァルトの三大オペラブッファ、パーセルの《妖精の女王》など様々なタイプの作品を上演してきたが、今回はヘンデルの《リナルド》。寺神戸によれば彼自身がこの音楽祭でヘンデルのオペラを振るのは初めてなのだという。 「これまで、あまり上演されないけれども素晴らしいオペラを親しみやすく、音楽の良さを味わっていただけるかたちでと考えて選曲してきました。ヘンデルは日本で上演される機会が多いので敢えて取り上げてこなかったのですが、やはりベッリーニやロッシーニへと続くベルカントオペラの源流ですからね。魅力は、美しく親しみやすいメロディ、歌手の華やかな技巧的パッセージ、登場人物やアリアの性格の際立たせ方でしょうか」 《リナルド》は中世の十字軍の時代にゴッフレード率いるキリスト教軍が異教徒軍からエルサレムを奪回する話だ。キリスト教軍にはゴッフレードの弟エウスターツィオや娘のアルミレーナ、彼女の許嫁の騎士リナルド、魔法使いマーゴが、異教徒軍にも国王アルガンテ、魔女アルミーダなど魅力的なキャラクターがいっぱい。アルミレーナの〈私を泣かせてください〉など人気アリアにも事欠かない。 「タイトルロールは人気カウンターテナーのクリント・ファン・デア・リンデさん。以前バッハ・コレギウム・ジャパンがエディンバラ音楽祭で同曲をコンサート形式で上演したときにリナルドを演じたのですが、豊かな声量と驚異的な技巧でまさに圧巻でした。いつかお願いしたいと思っていたのでとても嬉しいです。アルミレーナはイタリアのソプラノ、フランチェスカ・ロンバルディ・マッズーリさん。美しい声と卓越した表現力の持ち主ですし、容貌もヒロインにふさわしく大変魅力的です。ゴッフレードは初演にならってあえて女性アルトの布施奈緒子さん。非常に男らしい役が女性というのも面白いと思っています。エウスターツィオはヨーロッパで経験を積んで今が旬の期待のカウンターテナー中嶋俊晴さん。アルガンテには名バリトンのフルヴィオ・ベッティーニさん。ハイドンの《月の世界》で意気投合して以来、北とぴあになくてはならない存在になっています。アルミーダを歌う湯川亜也子さんも素晴らしい歌唱力の持ち主で楽しみです。各々の役柄は一見ステレオタイプ的ですが、より内面的な表現を見つけ出したいと思っています」 今回、セミ・ステージ形式で演出を担当するのは、2016年に同音楽祭の《ドン・ジョヴァンニ》でシンプルながら斬新な演出で大好評を得た佐藤美晴だ。 「佐藤さんの今回の演出コンセプトは、“古いことが新しく見えること”。これは私たちの古楽=オリジナル楽器を使った演奏に通じる考え方です。演劇やダンスの手法を取り入れながらお客様をワクワクさせたいと意欲満々です。《リナルド》はオーケストレーションが変化に富んで色彩豊か。今回はヴァイオリンを弾きながら指揮します。これだけ素晴らしいオーケストラのパートがあるのに弾かないのは損ですからね。ヴァイオリンのソロもお楽しみに!」 音楽祭のもう一つのハイライトはソプラノ、エマ・カークビーのリサイタル(11/7)。寺神戸もヴァイオリニストとして出演する。伝説的な古楽の名歌手とどのように面識を得たのだろうか。 「ロンドンで、ヴィオラ・ダ・スパッラによるバッハの無伴奏チェロ組曲のリサイタルに聴きにいらしてくださったのです。楽屋を訪ねて自己紹介してくださった。驚きと興奮の初対面でした。それから数年後に《妖精の女王》でお招きしたのが初共演ですが、なんとオペラはその時が初出演だったそうです。お喋り好きな典型的なイギリスのご婦人ですが、英語の発音の美しさは天下一品。歌詞あっての歌ということが実感できる、心に沁み入るリサイタルになることでしょう。耳をそばだててお聴きください!」Proleボリビア生まれ。バロック・ヴァイオリンの第一人者。ソリストとして活躍するほか、レザール・フロリサン、コレギウム・ヴォカーレ・ゲント、ラ・プティット・バンドなどヨーロッパを代表する古楽オーケストラのコンサートマスターを歴任。1995年、北とぴあ国際音楽祭《ダイドーとエネアス》で指揮者デビュー。以降、日本で最もバロック・オペラに精通した貴重な存在として注目を集めている。2015年度、第45回東燃ゼネラル音楽賞(洋楽部門本賞)受賞。ブリュッセル在住。

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