eぶらあぼ 2019.10月号
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43歌の魅力を広めたいと願う、期待の大型新人がカヴァラドッシ役に挑む取材・文:岸 純信(オペラ研究家) 写真:野口 博 この8月末、東京音楽コンクール声楽部門で最高位に輝き、聴衆賞も得て話題をさらったテノール、工藤和真。中でも、名アリア〈フェデリーコの嘆き〉での悲愴感の塊のような声音が客席を揺さぶったようである。その期待のホープがこの秋、日生劇場の《トスカ》で画家カヴァラドッシを演ずるという。伸び盛りの若手ならではのエネルギッシュな歌いぶりに、いま注目が集まっている。 「コンクールのリハーサルでオーケストラと初めて合わせた時、『これからはこの音響に慣れてゆくんだ!』と実感しました。11月のNISSAY OPERAでも、稽古中から、管弦楽の響きをしっかりイメージして取り組もうと思います。《トスカ》で一番好きなのは、終幕のアリア〈星は光りぬ〉を歌ってからトスカと再会する一連のシーンです。そこでカヴァラドッシは、『死が近づいた』と感じているからこそ、生の喜びを恋人と共に歌います。彼女が殺人を犯したことを知ってもなお、彼はトスカと一緒に『生きたいという欲望』を力強く持ちます。そこに心動かされますね…。この前、関連企画のプレコンサートでトスカ役の砂川涼子さんとご一緒しましたが、振り向いた瞬間にトスカになり切っておられたので驚きました。自分も研鑽します!」 岩手県盛岡市出身。中学の音楽の先生に声を認められ、ハンドボールと合唱を兼部しながら歌に勤しみ、県立不来方高校の音楽科で学んでから東京藝術大学に入学。大テノール市原多朗のもとでみっちりと修業した。 「市原先生に倣って、普段から“ネイティヴの音源”を聴き込むことを心がけています。大歌手でも英語圏の人はTの音を英語的に発音していたり、スペイン系の人だと『エ』の響きが少し違っていたりしますね。自分としては、イタリア語の歌詞が、ちゃんと文章として皆様に届くようにといつも心がけています。そこでいま気になるテノールがヴィットリオ・グリゴーロさんです。オペラもポピュラーも歌っていますが、常に『気持ちが前に出る』人だなと思って、本当に尊敬しています」 その、オペラもポピュラーもというくだりで思い出したのが、工藤自身の幅広い活躍ぶりである。テレビアニメ『ユーリ!!! on ICE』の劇中曲〈離れずにそばにいて〉で多くの人にお馴染みの声だが、先日はフジテレビのバラエティ番組『全力! 脱力タイムズ』に出演し〈もののけ姫〉を歌うという“快挙”も成し遂げた。 こうした多彩な活動ぶりの背景について、工藤は「いろんな人にもっとクラシックを聴いてもらいたいと思うので…」と語る。 「CMやゲーム、アニメの音楽に自分の声がうまく溶け込めて、そこから、僕の歌を通じて、新しいジャンルに目を向けてくださる方が増えたら嬉しいです。いまは《トスカ》に全力投球ですが、食事をストレス解消の手段にしていまして、自炊でペペロンチーノをどかんと山盛り作ったり、茹で卵を味玉にして一気に食べたり(笑)…。あとは、いろんなことを気にしないよう心掛けています。歌の最中で『あ、今、発声のことを気にしているな!』などとお客様に悟られてもいけないですから(笑)。今後は《ラ・ボエーム》のロドルフォや《ランメルモールのルチア》のエドガルドなどを歌ってみたいのですが、テノールだから、どんな時でも高音からは逃げたくはないです。昔スポーツをやっていたからなんでしょうが、根性論を人に課すのは好きではないけれど、自分に課すのは好きなんですよ。日生劇場の客席には中学生や高校生の皆さんも多いですね。自分も歌い始めたのが中学生の時ですし、そういう若い方々が、改めて歌に興味を抱いてくださり、カラオケでも合唱でも何でも、声を出してみる機会を持ってくれたら嬉しいです!《トスカ》、頑張ります!」Prole東京藝術大学卒業。同大学院修了。声楽を小原一穂、佐々木朋也、市原多朗、エリザベト・ノルベルグ=シュルツの各氏に師事。第84回日本音楽コンクール声楽部門第2位。第53回日伊声楽コンコルソ第1位、及び歌曲賞を受賞。第1回かわさき新人声楽コンクール第1位。テレビ番組での出演やポピュラー曲のライヴを行うなどクラシック以外にも幅広いジャンルで活動する。第17回東京音楽コンクール声楽部門第2位(1位なし)、聴衆賞受賞。

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