eぶらあぼ 2019.10月号
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213問があった。「台湾は中国の一部である。イエスの人は一歩前へ」というのだ。時節柄、あまりにもセンシティブな質問である。舞台上の観客は地元の観客と国際ゲストが混在しているので、質問はまず中国語で言った後、英語で繰り返される。中国語の質問を聞いた地元の人たちは即座に一歩前に出る。しかし英語で聞いた国際ゲスト達は、誰一人動かない。皆顔を見合わせ、質問者の真意を測りかねていた。国際ゲストが来ることは当然知っていたはず。その上でこの質問とは、あえての挑戦をブッ込んできたのだろうか。だとするとスゴイな…。 しかし質問者の若い女性の顔を見ると、動こうとしない国際ゲストたちを見て、明らかに戸惑っているのだ。つまりこの反応は想定外だったのだろう。若い質問者は「みんな(イエスの意味で)一歩踏み出して、『そりゃそうだよねー』と確認しあう」以外の可能性を想像もしていなかったのではないか。国際ゲストがいてすら、その可能性に思い到らぬほど「中国の一部」という教育が徹底しているわけだ。その瞬間、ああオレはいま中国にいるのだなあと実感した。もちろんそうした現状に鋭い問題意識を持って立ち向かっている若い中国人アーティストもおり、そのポテンシャルも同時に感じることができたのではあるが。第60回 「上海で初の大規模ダンスフェス。場が凍りついた質問の話」 この連載も今回で60回を迎えた。上品なみなさんの間でこんな連載が、まさかこんなに続くとは。読者の皆さん、そして今いるもしくはもういない編集部の皆さんすべてに感謝しつつ、これからもダンスの魅力を伝えていきたい。 さて8月末から1週間、「第1回 中国コンテンポラリーダンス・ビエンナーレ(中国当代舞踏双年展)」に招かれて行ってきた。中国全土が対象の大規模なダンスフェスとしては初で、いかに国を挙げてコンテンポラリー・ダンスに注力しているかがわかる。時まさに香港では2ヵ月を超えるデモが続き混迷を極めており、上海のホテルで海外用のNHK放送を見ていても、デモのニュースになると画面が遮断されて真っ暗になるという徹底ぶり。  会場は上海に2016年にできた中国初の国際ダンスセンターである。大劇場と小劇場、二つのレジデンスカンパニーに舞踊学校を擁する巨大施設だ。ここを中心に海外ゲストとのパネル・ディスカッションやショウケース、大小公演が行われた。中国を代表するシー・シン『From IN』など、超絶技巧をバンバン使いこなす大作が続く。その一方で小さな作品にも面白いものがあったが、ちょっと驚いたのが、とある若い女性アーティストの作品。「観客を舞台に上げて質問し、yes/noで行動させる(『あなたは独身ですか。イエスならばその場でジャンプしてください』とか『ベジタリアンならば三歩前に歩いてください』といった具合)」というタイプの小品だった。 似たような趣向の作品はいくつもあって、「振付とは何かを動かすこと。ならば回答の選択によって舞台上の身体が動けば、それも振付だ」という考え方だ。それはいいんだが、ちょっとギョッとさせる質Proleのりこしたかお/作家・ヤサぐれ舞踊評論家。『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』『ダンス・バイブル』など日本で最も多くコンテンポラリー・ダンスの本を出版している。うまい酒と良いダンスのため世界を巡る。http://www.nori54.com/乗越たかお

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