eぶらあぼ 2019.9月号
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25チェコ・フィルは国と国民の“子ども”であり、独自のアイデンティティーを有しています取材協力:ジャパン・アーツ 構成・文:編集部 パリ管弦楽団やドレスデン国立歌劇場などのシェフを歴任してきた、ロシア出身の名匠セミヨン・ビシュコフが2018年10月、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督・首席指揮者に就任。この注目のコンビでの初来日ツアーが、今秋に実現する。 「チェコ・フィルは、チェコという国とその国民の“子ども”のような存在です。世界的に見ても、このように独自のアイデンティティーを保ち続けている楽団は稀でしょう。しかも、彼らはスラヴのメンタリティーに、西欧の文化や考え方、生活様式などを実に興味深い形で融合している。シェフとしてこれを常に実感するとともに、いかにオーケストラとしての個性を維持し、独特な響きを残しつつどう進歩させるかという課題に、ひたすら腐心しています」 旧ソ連のレニングラード(現・サンクトペテルブルク)出身ながら、政治亡命し、西側諸国での活動を選んだビシュコフだけに、チェコに寄せる思いはひとしお。 「1918年に独立を勝ち取るまで、常に大国に支配されてきた歴史を忘れてはなりません。それも、わずか20年後にナチス・ドイツに蹂躙され、その後の共産主義の支配を経て、ようやく89年のビロード革命で自由になりました。この幸せが永遠に続くことを願ってやみません」 ビシュコフは、さらに言葉を重ねる。 「占領に耐え、いかに文化的・芸術的に、そして精神的にも生き延び、言語と伝統を守ったのか。強さと誇りを堅持しなければ、到底成し遂げられないでしょう。そして、芸術に造詣が深い人は皆、チェコ・フィルが何を体現してきたかを知っています。共産主義から自由主義社会へ移行する不安定な時期を乗り超え、過去の栄光を取り戻し、10年ほど前からは、さらに新たなレベルへ飛躍しました」 チェコ人にとって“心の音楽”である連作交響詩「わが祖国」とともに、来日公演のプログラムで核を成すのは、「子どもの頃から、常に人生の中にあった音楽」と位置付ける、チャイコフスキーの交響作品など。チャイコフスキーは、第5番や第6番「悲愴」と「マンフレッド」、そしてヴァイオリン協奏曲を披露する。 「彼の音楽は、私が近年、最も力を入れた仕事のひとつ。なぜなら、それだけの深い理解が必要だからです。その結果、作曲家の音楽と人格が、ピタリと一致すると気づいたのです。チャイコフスキーの音楽が現代に至るまで支持される理由は、高貴で率直、劇的で叙情的であるがゆえに、人の心に直接語りかけるから。作曲家としての能力も卓越していて、単に美しい旋律が書けるだけでなく、その作品は知的な創造力とエネルギーに溢れ、“その先がどうなるか”を想像できないような、壮大な意外性まで備えているのです」 そして、第6番「悲愴」については、「最大の秘密は、フィナーレが意味するものにある」と言う。 「私が思うに、これは“死への抵抗”です。死を受容した、という一般的な解釈とは違った観点で臨みます」 また、NHKホール公演で取り上げる「マンフレッド」交響曲は、演奏機会の少ない作品だけに、貴重な機会に。 「不出来と責められ、悪運のもとにあった作品で、指揮者にとっては難曲ですが、それは作品自体のせいではありません。楽曲自体は、非常に立派なのです」 また、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は、ベルリン・フィル第1コンサートマスターの樫本大進がソリストを務める。 「樫本さんとは長い付き合いで、特にベルリン・フィルのコンマスに就任してからは、私が客演するたびに、一緒に音楽づくりに取り組む関係になっています。今回のツアーでまた共演できるのは、本当にうれしいですね」 初来日からまもなく30年になるという。 「日本のオーディエンスは、音楽を真剣に深いところで受け止めて下さっているのを実感しています。そして、私たちが紡ぐ音楽には、きっと皆さんの琴線に触れる“何か”があるのだろうと毎回、確信できます。それを知っているからこそ、私たちは皆、日本に行くのを楽しみにしているのです」Proleサンクトペテルブルク生まれ。イリヤ・ムーシンに師事。サンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団の首席客演指揮者、パリ管弦楽団の音楽監督、ケルン放送交響楽団の首席指揮者、ドレスデン国立歌劇場の首席指揮者を経て2018年にチェコ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者・音楽監督に就任。ミラノ・スカラ座、パリ国立オペラ、ウィーン国立歌劇場他世界の主要歌劇場に登場し、ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウ管、ミュンヘン・フィルなどと共演を重ねる。16年より英デッカによるチェコ・フィルとの「チャイコフスキー・プロジェクト」を進行中。

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