eぶらあぼ 2019.7月号
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滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールは、関西随一のオペラ劇場として、一流のオペラやバレエに加えコンサートも開催。また、国内外の実力派アーティストが充実したアンサンブルやソロを披露するほか、講座なども開催しています。このコーナーではびわ湖ホールが主催する注目の公演をご紹介します。びわ湖ホールPreviewびわ湖ホールチケットセンター077-523-7136 https://www.biwako-hall.or.jp/ドラマティック・バレエの代表作、びわ湖ホールで待望の初上演!文:立木燁子エイフマン・バレエ『アンナ・カレーニナ』7/13(土)15:00 びわ湖ホール 大ホールの思索的な問いや農本主義的な思想までをも彼方に感じさせるのも流石である。 流麗な筆致、アクロバティックな超絶技巧を用いるエイフマン・バレエの魅力は、高度な技が物語を語り、人物たちの内面を表現するための必然とされるところだろう。ダイナミックな跳躍やリフトされたまま生み出される新鮮なフォルムは技巧の誇示ではなく、エイフマンならではの表現の語彙であり、文体である。弧を描くしなやかな反身も、倒立リフトでの印象的な脚のラインも人物たちの感情や心理と繊細に結びついており、極限を究める振付は振付家の思想を的確に具現化するためのものである。 演出の工夫も光り、何気ない場面にも確かな計算が感じられる。たとえば、1幕、上方から雪が舞い、玩具の機関車が描く輪の中心に立ちつくすアンナの姿は印象的で、物語の伏線として効果的だ。瓦解していくアンナの魂に寄り添い、麻薬へと手を伸ばし幻想の世界を彷徨う場面は儚くも残酷である。 全編、チャイコフスキーの美しい旋律に彩られた舞台は芸術の国ロシアからの極上の贈り物と言えよう。関西で観られるのはびわ湖ホールのみ、貴重なステージになりそうだ。 ロシアの現代バレエの旗手、ボリス・エイフマンがカンパニーを率いて、21年ぶりの再来日を果たす。プログラムが嬉しい。新作とともにエイフマンのドラマティック・バレエの代表作『アンナ・カレーニナ』が上演されるからだ。50作品を超えるエイフマンの多彩なレパートリーのなかでもとりわけ人気が高く、振付家エイフマンの芸術的手腕が凝縮されているようなバレエである。サンクトペテルブルクを拠点に活躍、ぺレストロイカの時代に頭角を現し、大きな変革のうねりのなかで新たなバレエの創作に挑んできたエイフマンは、同時代と響きあう表現を志して斬新な作品を次々と発表してきた。動きの美しさばかりでなく、雄弁にドラマを語るそのバレエには、しかし、ロシアの舞台芸術の伝統が豊かに息づいている。バレエの美学と、スタニスラフスキーやメイエルホリドらを生んだロシア演劇の叡智が溶け合い、正統なバレエ・テクニックによりながら柔軟な身体性を駆使した新鮮な振付語彙が未知の形象を生み出し、説得力を発揮する。 『アンナ・カレーニナ』(2005年)はトルストイの同名の小説を基にしているが、エイフマンは物語を深く読み込み全2幕のバレエとして舞台化、作品は登場人物の内面を繊細に読み解く心理バレエの趣を漂わせている。息子に恵まれ、平穏に暮らす高級官僚カレーニンの妻アンナが青年将校ヴロンスキーとの宿命的な恋に落ちる。貴族社会の倫理観を逸脱し道に外れた恋は悲劇的結末を迎えるが、エイフマンは物語の筋を単純に描くのではなく、小説の主題と人間の抱える業を見つめて登場人物それぞれの心理や感情を分析する一方、物語を大きな視点から構成し奥行のあるバレエ作品として仕上げている。 人物の造形が秀逸である。アンナの高揚する恋の歓びと不安、夫との確執、子どもへの愛情などがスピーディに展開される踊りのなかに鮮やかに活写される。心の襞に分け入るような官能的なパ・ド・ドゥと華やかな舞踏会、男性達のダイナミックな群舞、2幕では田園風景のなかの農民たちの踊りなどが対照的に描かれ、主人公を巡る貴族社会の倫理観や制裁を的確に浮上させる、トルストイ©Evgeny Matveev

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