eぶらあぼ 2019.7月号
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175い評価を受ける芸術作品を創って県民も鑑賞できるんだから、べつにいいじゃんとも思うのだが)。 だがそのキリアンもすでに去った。カリスマが去った後に不安を持つ人もいるだろうが、NDTは見事に世代交代を果たしているのである。 しかもだ。今回のNDTは先月号で書いたヨアン・ブルジョワに続き、オレが「このアーティストが本格的に紹介されたら日本の若いダンサーの意識が根底から変わるのに!」と思っている五人のうちの二人、マルコ・ゲッケとクリスタル・パイトの作品が含まれているのだ。二人に共通しているのは、ストリートダンスの連中が見ても「えっ!」と驚くような前代未聞の動きの数々。しかも高速かつ高密度に動くダンスは、とかく縮こまってスピードアップを図りがちなのに、この二人はしっかりとバレエの基礎を活かしているので、ぐわっと大きく空間を使うこともできる。さらに今の芸術監督のポール・ライトフットと、専任振付家・芸術アドバイザーのソル・レオンのコンビの2作品がこれまたゾクリとくるスリリングな動きの連続だ。おまけに物語性もあって深い感動を生み、かつてのキリアン世代も満足するだろう。 …あと同時期に来日公演するディミトリス・パパイオアヌーも「五人」のうちのひとりなんで、見逃してはいかんよ。 ちなみにオレの「最高」を信じるか信じないかは、あなた次第である。第57回 どの「最高」が「最高」か。まずは枕を選んでみる 高級枕のマニアが様々な素材や形態を試し、最高の一品を求めて何十万円もつぎ込んだ結果、最終的に辿り着いたのがバスタオルをグルグル巻きにしたやつだった、という話が好きだ。簡単に微調整できるところがポイントだそう。 「人の勧める最高」が、「自分にとっての最高」とは限らない。当たり前のことだが、とかく惑わされるものだ。 1959年オランダで、18人の国立バレエ団のダンサー達が「本当に自分たちで踊りたい作品を踊るために」と独立し、ダンス・カンパニーを創った。今日的なコンテンポラリー・ダンスが登場する20年以上も前のことだ。ダンサーを二つのチームに分け、公演しているチームが金を稼いでいる間に別のチームが新作を創り、交代でツアーに出る自転車操業…。安定した身分と収入を捨ててでも、それこそが彼らにとっての「最高」だったのだ。やがて彼らはオランダ(ネザーランド)を代表するカンパニーとなった。それがネザーランド・ダンス・シアター、略してNDTである。もうすぐ13年ぶりの来日公演がある。上のエピソードは、来日公演の公式サイト用(http://www.taci.dance/ndt/)にNDTの看板ダンサーだった中村恩恵さんにインタビューしたときに聞いた話である。 NDTを世界的な人気カンパニーに押し上げた芸術監督イリ・キリアンの時代は頻繁に来日公演をしていた。日本が題材の作品もあるし(石井眞木の組曲に振り付けた『輝夜姫』)、彩の国さいたま芸術劇場では2000年から4年間、新作委嘱やNDT招聘公演など大々的に行った「キリアン・プロジェクト」まであった。当時の館長が県のおえらいさんといい感じの関係で潤沢な予算があったのだ(結局追及され去ることになったが。べつに誰も通らないような道路を作って金だけ回しているのではなく、世界的にも高Proleのりこしたかお/作家・ヤサぐれ舞踊評論家。『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』『ダンス・バイブル』など日本で最も多くコンテンポラリー・ダンスの本を出版している。うまい酒と良いダンスのため世界を巡る。http://www.nori54.com/乗越たかお

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