eぶらあぼ 2019.7月号
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161コンクールとキャリアの関係性 今年はチャイコフスキー、エリーザベト、ロン=ティボー等の大きなコンクールが立て続けに開催される。若手の登竜門であり、日本人が上位入賞しようものなら、すぐにでもデビューに結び付くが、コンクールでの入賞は、果たしてプロとしてのキャリアに直結しているのだろうか。 答えから先に言えば、これはイエスでありノーである。イエスというのは、チャイコフスキーやショパンのような老舗の場合、各国の大手マネージメントが、才能発掘のために駆けつけているからである。とりわけショパン・コンクールでは、アジアでの人気が無条件に予想されるため、優勝者にはかならずマネージャーが付く。 今「マネージャーが付く」と書いたが、演奏家のキャリアとは、基本的に音楽事務所との契約によってスタートする。マネージャーが付かなければ、世に出ることはできない。なぜなら、実際の仕事を取ってきてくれるのは、事務所だからである。そして、ショパン・コンクールの優勝者ならマネージャーが付くのは、“その人を聴きたい”というお客さんが沢山いるからだ。つまり、「市場性がある」。事務所は、通常ギャランティの15〜20パーセントをマネージメント料として取るので、確実に売れそうなアーティストと契約したがる。 逆に言えば、市場性が見込めないアーティストは、どんなに上手くても契約されない。しかしこれは、決してずるいわけではない。というのは、若手を市場に売り込むことは、彼らにとっても労力が要るからだ。例えば事務所が、新人ピアニストのソロ・リサイタルを、全国のホールに5公演売り込むことは大仕事である。有名コンクールの覇者でない限り、ホール側Profile城所孝吉(きどころ たかよし)1970年生まれ。早稲田大学第一文学部独文専修卒。90年代よりドイツ・ベルリンを拠点に音楽評論家として活躍し、『音楽の友』、『レコード芸術』等の雑誌・新聞で執筆する。近年は、音楽関係のコーディネーター、パブリシストとしても活動。はそのアーティストを知らないし、チケットも売りにくいので、率先して紹介しようとは思わない。たとえ5公演売れたとしても、まだ新人なので、ギャラはそこそこ。1公演の値段が20万円だとして、事務所がもらう5公演分のマネージメント料は、計20万円である(20万円×20パーセント×5公演)。当たり前だが、これではビジネスとして成り立たない。よっぽど本人に惚れ込んでいるなら別だが、普通はそこまで肩入れしないものである。 というわけで事務所は、できるだけリスクの少ない、もともと売れそうな人と契約する。その際、ただコンクールに勝っただけでは、売れる=市場性があるとは言えない。問われるのは、純粋な音楽的能力と共に、多くの人を魅了するスター性、人間性だからである。あまたの有名コンクールの勝者が、必ずしも国際的に成功しない理由はここにある。 それでは若手は、「個性」を身につけなければならないのだろうか。これは難しい問題だ。個性とは、内側からにじみ出てくるものであって、取って付けられるものではないからである。マネージャーは、若い音楽家の全体を見て、その価値を見極めるが、それはシビアで、現実的な行為なのだ。城所孝吉 No.36連載

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