eぶらあぼ 2019.6月号
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44笛田博昭 & ヴィンチェンツォ・スカレーラ リサイタル~ベルカントの響きに包まれて~6/9(日)15:00 テアトロ・ジーリオ・ショウワ問 日本オペラ振興会チケットセンター03-6721-0874 https://www.jof.or.jp/笛田博昭(テノール)最高の声が最高に熟したタイミングで、最高の伴奏者と取材・文:香原斗志Interview 不思議な縁だ。筆者はこのインタビューの依頼を受ける直前まで、あるホールで笛田博昭の歌に酔っていた。倍音を伴った圧倒的で質感の高い響きから整ったフォームまで、すべてが従来の日本人テノールを超えている。リサイタルが待ち遠しい──と思った矢先、当人に抱負を聞く任を賜ったのである。 まず、ピアノがヴィンチェンツォ・スカレーラというのに驚く。フローレスの伴奏も必ず彼だという、世界最高峰の伴奏者だ。 「共演して気に入ってもらい、僕の仕事なら喜んでやってあげると言ってもらったんです」 そんな笛田は天賦の才に恵まれてもいた。 「子どものころから“立派な声だ”と言われましたが、高校2年の音楽の授業で“三大テノール”の映像を観てパヴァロッティの〈誰も寝てはならぬ〉に感動し、自分もあんな声を出したいと思いました。翌年、地元新潟のコンクールを受け、まともにレッスンを受けたこともないのに高校生の部で優勝したんです」 本格的に歌を学んだのは、名古屋芸大に入学してから。 「中島基晴先生から声を出す基本を徹底的に教わり、2009年からイタリアで師事したリナ・ヴァスタ先生には、声を息に乗せることを学びました。現在のトレーナーである五十嵐麻利江さんには、それまで体を閉じて声を集めていたのを“開けなさい”と言われ、最初は戸惑いましたが一段レベルアップしたと思います」 ボディのある声に恵まれたことも幸いした。 「中島先生から最初に渡された曲が《アドリアーナ・ルクヴルール》のアリア。むしろ、今のほうが軽いものを歌っています。ベルカントで歌おうと思うと重い曲は避けたくなるんですね。僕のように重い曲から軽い曲へというのは普通と逆ですが、それがよかった。自分の体の楽器が形になって、初めてベルカントものができると思うので」 ベルカント系のオペラに関しては、一昨年、《ノルマ》でデヴィーアと共演し、 「こんなに後光が差す位置から声を出すんだ、というのがわかって衝撃でした」 こうして力強い声を自在に操れるに至った最高のタイミングで開かれるのが、今回のリサイタルだ。 「トスティ〈アマランタの4つのカンツォーネ〉は、4曲続けて聴いてこそ意味がある。字幕もつくので、じっくり味わってほしい。マスネはスカレーラの勧めもあって。《運命の力》はヘビーですが、実は一番好きなオペラです。《仮面舞踏会》は今の等身大の僕にぴったりなんです」 スカレーラの伴奏を得ての“化学変化”も楽しみだ。 「彼のピアノはあっさりしているのに素晴らしい。間の取り方が絶妙なんです。僕も“間の取り方がうまくなったな”と思われる歌い方が、彼とならできる気がします」 今後、海外進出も考えるという。もちろん、この素晴らしいテノールを日本人が独り占めしては、イタリア人に申しわけない。ロジェ・ムラロ(ピアノ)鋭敏な感性と変幻自在なタッチ文:江藤光紀 今年還暦を迎えたロジェ・ムラロだが、トッパンホールではこれまでにもメシアン「幼な子イエスにそそぐ20の眼差し」全曲やラヴェル・ピアノ曲全曲演奏など大型プロジェクトを成功に導いてきた。どんな音楽も独自の光で照らしだす鋭敏な感性と変幻自在なタッチ。今回の公演でもそのエッセンスが堪能できそうだ。 まずはモーツァルトのソナタ第8番(K310/300d)。細かく差異化し弾き分ける技術は、モーツァルトのシンプルな音楽にも陰影を与え、行間に潜むパッ6/14(金)19:00 トッパンホール問 トッパンホールチケットセンター  03-5840-2222http://www.toppanhall.com/©Jean-Baptiste Millotションを掘りあてるだろう。続く「鏡」はラヴェルが当時のパリの画家や作家ら、様々なジャンルの芸術家と関わる中で生まれた。華麗な技巧で描かれていく幻想は、夜の妖しいエロスからピエロの哀愁にまで及ぶ。腕に覚えのあるムラロにはぴったりの難曲だ。 後半は短く性格の異なる曲が重ねられていくショパン「24の前奏曲」。多彩なタッチと大曲をまとめる力が一つながらに生きてくる曲だ。カラフルな詩集のページを繰るように、小さな詩情が大きな波動へと束ねられていくことだろう。

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