eぶらあぼ 2019.4月号
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46イゴール・レヴィットIgor Levit/ピアノ変奏曲には弾くたびに新たな発見があります取材・文:山田真一 ポリーニの代役としてウィーン・デビューを果たして以来大きな注目を集め、現在ソニー・クラシカルと独占契約しているイゴール・レヴィットが東京・春・音楽祭にデビューする。2017年の前回来日では、次期ベルリン・フィル首席指揮者就任が決まっていたキリル・ペトレンコ指揮のバイエルン国立管の特別演奏会に登場し、期待を裏切らない演奏を披露した。 今回は彼が「最も好きな曲の形式」という変奏曲ばかりを演奏する。 「僕が変奏曲を好むのは常に変化に富んでいるからです。ソナタなどでは聴いていくとある程度次の予測がつく。ところが変奏曲は作品ごとの定石などなく、次に何が起こるか分からない。テンポが速くなったと思ったら、ゆっくりになる、或いは休止がやってくる。耽美的な流れが続くかにみえ、突然強烈な不協和音が現れたりする。テンポの動きが激しいので弾き手も次の準備をどうすれば良いかわからないことがある。だから面白い。作曲家はそれぞれ形式にとらわれず自由に発想して書いている。だから弾くたびに新たな発見があり、飽きがきません」 今回の音楽祭では第1夜にバッハの「ゴルトベルク変奏曲」、第2夜にベートーヴェンの「ディアベリ変奏曲」とジェフスキの「『不屈の民』変奏曲」を並べた文字通り変奏曲ばかりの夕べだ。この三つの大変奏曲はすでに一つのCDセットとしてリリースされており、その生演奏を日本でも聴ける絶好の機会になる。 すでに数種類のバッハを録音しているレヴィットだが、やはり「バッハは最も好きな作曲家で重要なレパートリー」という。曲作りに熱心な彼は古今東西の著名演奏家や世界の古楽演奏家の演奏も耳にしている。しかし「研究の基本はスコア」で、演奏会で弾くまでに「10年以上を費やした」という。 「ゴルトベルク変奏曲はチェンバロ演奏家ゴルトベルクが、不眠症の貴族が安眠するために演奏したという逸話がありますが、音楽的にも技術的にもそれはあり得ない。それほど変化に富んでいて、激しい要素も含み、技術的に難しい」 「チェンバロの音をイメージしつつ、どのようなタッチで弾くかまで考えている」というだけに音楽的な構成力だけでなく、生演奏での“響き”についても注目したい。 「『ディアベリのワルツによる33の変奏曲』は、ベートーヴェンの音楽が凝縮されている傑作です。晩年の作品ですが、私にとってはベートーヴェンの入口にもなった曲で、長年親しんできました。一般に演奏される機会は多いとは言えませんが、次の変化が予測できない面白さは古典の域を超えています」 そんなベートーヴェンの才能を伝えたいと話す。 「この曲をマスターすれば、難曲といわれるベートーヴェンの後期作品もよく理解できます。そういう意味でも重要な作品です」 フレデリック・ジェフスキは現役のピアニスト兼作曲家で、シュトックハウゼンからミニマリズムまで多くの作品から影響を受けている。「不屈の民」は1970年代のチリの革命歌で、75年に36の変奏曲として作曲された(曲は主に和声的で聴きやすい)。 「ジェフスキを知ったのは10代の頃。本人に直接メールをしたことで親しくなりました。曲の変化という点で他の二曲に負けない点に魅了されました」 身銭を切って彼に委嘱作品も依頼したこともあるという。それほどジェフスキと親しい関係にあるレヴィットはこの変奏曲に最も相応しい伝道者といえる。実際ウィーンではベートーヴェンの後期ソナタと一緒に弾き、彼の才能を世に広めた。 レヴィットは17歳で浜松国際ピアノアカデミーコンクールに優勝するなど、日本とは関係があり、「少しずつ日本について知るようになってきました」という。そして、いつも演奏に100パーセント集中できる滞在生活を送っている。「日本の聴衆は熱心でとても弾きやすい」というだけに、この春の演奏が楽しみだ。

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