eぶらあぼ 2019.3月号
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89 直系の子孫のプロデュースになるワーグナーに特化した音楽祭として、バイロイト音楽祭はワグネリアンたちの聖地となってきた。2008年には孫のヴォルフガングからひ孫にバトンが渡された。昨年、様々な議論を呼んだ新国立劇場の《フィデリオ》演出を記憶している人も多いだろうが、現在、音楽祭を率いるカタリーナは先鋭的な演出でバイロイトを実験劇場へと変革した立役者だ。彼女が09年、音楽祭を引き継いで最初に手をつけたのが楽劇をコンパクトかつ分かりやすくアレンジした「子どものためのワーグナー」だが、ドイツ国外での公演が東京春祭で初めてお目見えする。 その第一弾は今回のワーグナー・シリーズの公演と同じ《さまよえるオランダ人》(3/21〜3/24)。海原をあてどなくさまよう幽霊船は、愛の力によってのみその呪いから解き放たれる。子ども向けとは言っても、舞台を現代社会に置き換えるなどバイロイトらしいひねりもあり、またキャストも本格的。東京春祭のワーグナー・シリーズで経験を積み、バイロイト音楽祭へと羽ばたいた金子美香(マリー)ほか、友清崇(オランダ人)、斉木健詞(ダーラント)、田崎尚美(ゼンタ)といった国内のワーグナー上演を支える旬の歌手が顔をそろえる。指揮のダニエル・ガイスは 上野の一帯は文明開化期から日本の芸術・文化の中心地だった。世界遺産へ登録されたル・コルビュジエ設計の国立西洋美術館、現存する数少ない帝冠様式の東京国立博物館など、美術館・博物館にも価値のある建物が多く、今年もそれらの場で展示物にちなんだ多彩なコンサートがラインナップされている。ここでは日本のモダニズム建築、戦後の大衆文化が、世界のエスニック音楽と共鳴する2つの公演をご紹介しよう。 上野公園のはずれに位置する旧奏楽堂は東京藝大の前身・東京音楽学校の校舎として明治期に建てられた。昨年11月にリニューアル・オープンしたこのホールで、日本のアルゼンチン・タンゴ音楽を30年以上にわたってリードしてきた小松真知子&タンゴクリスタルが情熱のメロディーを披露する(3/16)。ピアソラをはじめ本場でも絶賛を浴び、バンドネオンの小松亮太も巣立つなど、パイオニア的役割を果たしてきた団体が二人のヴォーカルを加え多彩なプログラムを聴かせる。 戦後、日本中に広まったグランドキャバレーは、単なる酒場を超え様々なショーや興行の打たれる娯楽場だった。鶯谷のキャバレーを大正ロマンの雰囲気を湛えたホールへと改装した東京キネマ倶楽部では、近年再興の機運が高まっているユダヤの民族音楽をフィーチャーした「クレズマー・ナイト」が開催される(3/18)。ロマ音楽の演奏で著名なハンガリーのシャールクジ・バンドが来歴史が刻まれた建築物内で格別の音楽体験をワーグナーのエッセンスを子どもたちへチェリストとしてキャリアを積みつつ、13年にはベルリン・フィルでも指揮者デビューを飾るなど、気鋭の若手だ。 会場は大手町の三井住友銀行 東館ライジング・スクエア1階アース・ガーデン。ワーグナー歌手たちの声がキッズ達にびんびんと響くに違いない。まだオペラを知らない子どもたちだからこそ鮮烈なファースト・コンタクトを、という企画側の意気込みを感じる。旧東京音楽学校奏楽堂 外観東京キネマ倶楽部(昨年の東京春祭公演の模様)©飯田耕治《さまよえるオランダ人》©BF Medien GmbH/Jörg Schulze日、同じくハンガリー出身の若手クラリネット奏者コハーン・イシュトヴァーンと、東欧で発展したクレズマー音楽の精髄を披露する。

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