eぶらあぼ 2019.3月号
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31親密な空間の中で呼応しあう「変奏曲」と「練習曲」の世界取材・文:飯田有抄 フランスが生んだヴィルトゥオーゾ、セドリック・ティベルギアンは、柔らかで繊細な叙情性から、硬質でクリアな躍動感まで、カラフルな響きに満ちた音楽を自在に繰り出す。1998年のロン=ティボー国際コンクールで優勝して以来、ニューヨークのカーネギー・ホールやザルツブルクのモーツァルテウムなど、世界的なホールで感動を巻き起こしている彼は、60曲もの協奏曲をレパートリーに持ち、室内楽にも熱心に取り組む。ヴァイオリニストのアリーナ・イブラギモヴァとのデュオは高く評価されている。 「室内楽は、しばらくやっていないと、とても恋しくなります。美しい楽曲を一緒に旅し、分かち合える仲間がいるのはとても貴重で、楽しい時間です。何より仲間と共演すると、作品の様式感やフレージングなど、音楽に対する自分の考え方や姿勢に変化が起こり、音楽性をより豊かにしてくれます。室内楽は自分の音楽家としての個性と人間性を作ってきてくれたものですね。ソロの活動に対しても、明らかにいい影響をもたらしていると思います」 そう振り返るティベルギアンが、東京、銀座のヤマハホールで3年ぶりにリサイタルを開く。彼の鮮やかな音楽性を存分に味わえる構成だ。 「全体を通じて、変幻自在な響きを、まるで万華鏡を見るように楽しんでいただきたい」と語るのは、前半で演奏するブラームスの「シューマンの主題による変奏曲」とベートーヴェンの「『プロメテウスの創造物』の主題による15の変奏曲とフーガ(エロイカ変奏曲)」だ。前者は若き日のブラームスが込めた、恩師シューマンとクララに対する個人的な思い、内省的な表現の感じられる変奏曲だ。後者はベートーヴェン自身がその主題をバレエ音楽や交響曲の素材としても使用した作品。どちらも規模の大きな変奏曲だ。 「もともと変奏曲にはとても興味があるのです。2003年にベートーヴェンの変奏曲集のCDを出し、その後は他の作家の変奏曲にも挑んできました。変奏曲とは、作曲家の根本にあるものではないでしょうか。色んなパターンを試したり、テーマを加えて遊んでみたり、深い意味をもたせたり、自由に創作を広げることができる形式ですから。今回取り上げるベートーヴェンとブラームスの作品は、それぞれに作曲の意図は違っていても、どこかで通底したものがあると感じています」 後半はドビュッシーの最晩年の作品であり、演奏の難易度の高い「12の練習曲」を取り上げる。 「この作品は、私が25年前にパリ音楽院でジェラール・フレミーに教わり、ピアノの無限の可能性を学ぶことができた作品です。以来、マスタークラスなどを通じてずっと演奏し続けていますが、数年前から演奏会でも取り上げるようになりました。非常に現代的で、20世紀への幕開けとなった作品と言えるのではないでしょうか。ドビュッシーはこの12曲を通じて、新しい作曲方法や構造を試しているのが窺えます。それは終わりのない挑戦だったことでしょう。そしてどこか、彼自身のポートレートのようにも感じられます。同じ1人の人間の、12通りの様々な姿が思い浮かべられると思うのです。是非そんな視点で楽しんでいただきたいです」 大きなソナタなどはプログラミングせず、小曲の積み重ねによって全体が構成される作品(変奏曲・練習曲集)を選んだティベルギアン。まさに彼自身の持つ多様な音楽語法とテクニック、豊かな感性とを「万華鏡のように」映し出すコンサートとなりそうだ。 五大陸全土で演奏活動を展開するティベルギアンだが、ヤマハホールは「お気に入り」とのこと。 「建物そのものがとても見事ですね。その外観からはコンサートホールが中にあるなんて意外に思えるところが素晴らしい。そしてホールはとても美しく、音響も自然で、お客様との距離が近い親密な空間です。言葉では言い尽くせない素晴らしいピアノで、古典派から近代までの変幻自在なプログラムを皆さんに聴いていただくのがとても楽しみです」Informationセドリック・ティベルギアンピアノ・リサイタル曲/ブラームス:シューマンの主題による変奏曲ベートーヴェン:「プロメテウスの創造物」の主題による       15の変奏曲とフーガドビュッシー:12の練習曲3/19(火)19:00 ヤマハホール問 ヤマハ銀座ビルインフォメーション03-3572-3171https://www.yamahaginza.com/hall/他公演 3/18(月)12:10(第1部) 14:30(第2部) 横浜みなとみらいホール(小)(045-682-2000)

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