eぶらあぼ 2019.1月号
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33旬のピアニストが原点に立返り名曲で紡ぐ“二都物語”取材・文:高坂はる香 写真:武藤 章 趣向を凝らした演目で、聴き手に新たなる発見を届けてくれる福間洸太朗。2019年春、ウィーンとパリをテーマに、サントリーホール大ホールでリサイタルを行う。 「14歳で初めて海外に行き、ウィーンを訪れました。街が大好きな音楽で溢れていることに幸せを感じ、音楽の道への想いも芽生えました。その4年後、パリに留学。美術や演劇、ダンスやモダンアートから刺激を受けて視野が広がりました。 そんな私の原点、それも一方は伝統を重んじるウィーン、一方は新しいものを求めてヌーヴェルバーグが展開したパリという二つの街をテーマとします」 前半はウィーンにまつわるハイドンとシューベルト。近年積み上げたことの集大成を届けたいという想いからの選曲だ。 「4回にわたったシリーズ『三大楽聖のキセキ』が、この冬“ラスト・ソナタ”を取り上げて完結。そこでシューベルトの最後のソナタとハイドンの幻想曲を演奏します。ハイドンは、夏に亡くなられたパリ時代の恩師の一人、マリー=フランソワーズ・ビュッケ先生からもっと弾いたらいいと勧められていました。この幻想曲はユーモアがあり、同時にシューベルトのソナタとの共通点も感じられます。どちらにも、突然音楽が止まる空白の瞬間がある。その間をサントリーホールの響きでどう生かすかは、挑戦です」 シューベルトの最後のソナタにはどんな想いがあるのだろうか。 「死を感じながらあれほど多くの作品を書いた心境はどんなものだったのか…不思議です。以前内田光子さんが、シューベルトを弾く時は絶対的な孤独を感じねばならないと話されていました。今回は私も気持ちを追い込んで演奏に臨みたいです」 後半は雰囲気を変え、舞台をウィーンからパリへ移してゆく。 「ショパンは20歳で祖国を離れますが、パリに落ち着く前、ウィーンを訪れました。バラード第1番はそこで着手されたとも言われます。そこでワルシャワ蜂起の報を聞き、恐怖と怒りを感じました。この曲にはその心情が反映されています」 その後には、しばらく夢見心地の音楽が続く。 「ドビュッシーの『夢』、そしてシャンソンの世界へ。私がシャンソンに出会ったのは2001年、入試でパリに滞在していた時。歌手のシャルル・トレネが亡くなり、テレビで大きく取り上げられていたことがきっかけで、留学時代よく聴いていました。今回弾くのは、トレネの『パリの四月』をアレクシス・ワイセンベルクがピアノソロに編曲した作品。この冬に楽譜が出版されますが、私も制作に少し関わりました」 最後を飾るのは、自身の編曲によるラヴェル「ラ・ヴァルス」。 「ウィンナ・ワルツを主題とした、華やかだけれど最後は崩壊するように終わる作品。2台ピアノ版に慣れていたので、ソロ版は物足りなくて避けていましたが、2年前フィギュアスケーターのステファン・ランビエールと共演したときにリクエストされて。それなら音を足して3拍子を感じながら演奏できる形に編曲しようと思ったのです」 大のフィギュアスケート好きとして知られる福間。この日彼が身につけていたのも、夏に惜しまれつつ他界した、カザフスタンのデニス・テンのご両親からプレゼントされたネクタイだった。 「彼とは一度共演し、その後ロサンゼルスでのリサイタルを聴きにきてくれて交流が続いていました。カザフスタンでの演奏会にご両親がいらしてこれをくださったのです。訃報を聞いたときは辛かったですね…」 異ジャンルの一流との関わりは、彼に大きな影響を与えている。 「スケーターの体調管理から学ぶこともあります。無理なプログラムを組むと怪我をしやすくなるのはピアニストも同じ。弾き慣れた超絶技巧曲を時間を経てから短期間で準備するのは意外と危険を孕んでいるので、弾き納めの時期を決めています。本当に得たいものを手に入れるには、捨てることも必要です」 それでも、熱中すると時間を忘れることが多いという。公演前には、聴衆がより演奏を楽しめるように解説動画の作成に勤しむ。 「最近、情熱に走って冷静さが足りないんです。楽しいと夜更かしして作業を続けてしまう。2019年の抱負は、情熱と冷静の両立です」

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