eぶらあぼ 2019.1月号
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31ドイツの作品は、私にとって底なしの魅力があるのです取材・文:飯田有抄 写真:青柳 聡 べートーヴェンを中心に、バッハ、シューマン、メンデルスゾーン、ブラームスといったドイツ音楽への意欲的なアプローチを続けるサリーム・アシュカール。端然としてエネルギッシュ、かつ叙情的なピアニズムで聴かせるベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏会は、世界各地で賞賛を集める。2019年春、3回目の来日を果たす。 「日本の聴衆は、音楽家に対しても作品そのものに対しても、深い敬意を持ってくださいます。音楽家は日々、何時間もかけて繊細な響きを探求しています。細部を愛する日本の文化は、私たちが集中して行っていることを受け入れてくださり、嬉しく思います」 19年3月31日にはインバル指揮、都響との共演で、ベートーヴェンの協奏曲第1番を演奏する。 「若き日のベートーヴェンの瑞々しいエネルギーに満ちた作品です。ベートーヴェンに特徴的な挑戦的・革新的な書法よりも、明るくて歌うような性質をもった協奏曲ですね。温かさやユーモア、揺れ動く心模様も感じられます。緩徐楽章はピアノとクラリネットの美しい対話があり、私がとりわけ大好きな楽章です。第3楽章は舞曲的な楽しい曲想です。これ以上何も付け加えるべきものはない、完璧な協奏曲です」 同郷イスラエル出身のインバルとは初共演を果たす。 「私がベルリンで学生生活を送っていた頃、彼はベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団の指揮者でしたので、何度も演奏を聴きました。構造をしっかり感じさせながら、どんな大編成の音楽も力まずに、とても自然な音楽づくりのできる偉大な指揮者です。ようやく共演が叶います」 2日後には得意のドイツ作品によるプログラムでソロ・リサイタルを行う。冒頭と終わりにベートーヴェンのソナタを、その間にブラームス、シューマンを置いた。 「ツアーなどで5、6回連続して弾くと正直『もう充分』と思ってしまう作品はありますが、ドイツの作品は、私にとって底なしの魅力があります。ベートーヴェンやブラームスのソナタには、無数のレイヤー(層)があり、極めれば極めるほど、新しい魅力と出会うことができます。解釈の違いというのではなく、音楽そのものに尽きることのない意味があるのです。 今回はベートーヴェンのソナタから、最初に3番を、終わりに26番『告別』を弾きます。初期と、後期に差し掛かる頃のソナタを聴き比べていただきます。その2作の間に、ベートーヴェンの後継者である二人を置きました。シューマンとブラームスは私生活で密接な関わりのあった作曲家です。それでいて音楽的には対照的な二人でもあります。そんな彼らに対し、ベートーヴェンがいかに強い影響を与えていたかを、このプログラムを通じて感じ取っていただければと思います。 ブラームスは、最近私がとくに好きな『2つのラプソディ』。とにかく今弾きたい! と思う作品です。シューマンは『子供の情景』を。人生のさまざまな局面を経験した大人の目線から、子供の遊び、夢、驚きに満ちた眼差しをポエティックに描いたユニークな作品です」 アシュカールは現在、音楽を通じた人道支援や、音楽教育のサポートにも力を入れている。 「ベルギーの『ミュージック・ファンド』では、世界中の紛争地域や発展途上の子供たちのために、寄付を募って楽器を提供しています。ベルリンでは難民の子供たちに音楽教育の機会を提供し、レッスンやワークショップを行い、トラウマを抱えた子供たちにセラピーも実施しています。故郷のナザレでは、音楽院レベルで、1万人の子供たちを対象に大規模な教育支援を行っています。ピアニストとして、社会との関わりを失ってはいけませんし、社会情勢に目を背けることはできません。私個人にとっても重要な活動として、自分にできることを探っています」 繊細な演奏のみならず、社会を俯瞰する視点からも音楽文化に情熱を捧げるアシュカール。彼の深く美しい音楽に、じっくりと耳を傾けたい。Informationエリアフ・インバル(指揮) 東京都交響楽団第875回 定期演奏会Cシリーズ2019.3/31(日)14:00 東京芸術劇場 コンサートホール問 都響ガイド0570-056-057 https://www.tmso.or.jp/リサイタル2019.4/2(火)19:00 浜離宮朝日ホール問 パシフィック・コンサート・マネジメント03-3552-3831http://www.pacific-concert.co.jp/

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