eぶらあぼ 2018.11月号
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新芸術監督が世界に向けて放つ超・話題作取材・文:室田尚子 写真:藤本史昭 2018/19シーズンから新国立劇場オペラ芸術監督に就任した大野和士。彼が特に力を入れているのが「日本人作曲家の委嘱シリーズ」だが、早速今シーズン、石川淳の小説を題材に西村朗が作曲した新作オペラ《紫苑物語》が登場する。 「実力のある日本人作曲家に委嘱をし、日本とそして海外でも上演できるような作品を作れたら、というのは芸術監督に就任する前から抱いてきた思いでした。ずっとそのための題材になる作品を探していたのですが、ある時友人から石川淳の『紫苑物語』を勧められて読んだところ、これはオペラになる、と直感したのです」 歌の家に生まれた才能ある宗頼という主人公が、歌の道を捨てて弓の道に入るが、そこでも自分の存在意義に悩み、最後に岩山で仏を掘る平太という仏師に出会い、仏に向かって弓を射った途端に世界が崩れ落ちてしまう、という『紫苑物語』。まず圧倒的に登場人物がオペラ向きだ、と大野は語る。 「天才ゆえに悩みを抱える主人公・宗頼、彼の妻で権勢欲にまみれたうつろ姫、彼女を利用して権力を得ようとする宗頼の部下・藤内はまるで《オテロ》のイアーゴのようです。そして宗頼が殺した狐の化身である女・千草との交情も描かれます。そのほか、父や叔父といった人物も登場し、これらを組み合わせれば愛の二重唱や四重唱などを作ることができる。そして、ラストの岩山が崩落するシーンは視覚的な効果も抜群ですし、その後で『鬼の歌が残る』というところは、まさに音がきこえて来るようでした」 「作曲家、台本作家、演出家、芸術監督との間での綿密な協議を重ねた上で、音楽的にも演劇的にも、日本オペラの歴史に新機軸を打ち出す」という言葉の通り、作曲には西村朗が選ばれ、西村とは合唱オペラの制作経験があり「なんでも言い合える間柄」の詩人・佐々木幹郎が台本を手がける。そして、演出には現在、演出家・俳優としてフランスを中心に活動し、さらにヨーロッパで数多くのオペラ演出を手がけてきた笈田ヨシに白羽の矢が立った。 「笈田ヨシさんは、『紫苑物語』のオペラ化を実現するために不可欠の人材でした。日本では演劇や映画での活躍はもちろんのこと、三島由紀夫の最後の弟子としても知られ、また歌舞伎や能にも通暁していらっしゃる。さらにパリでピーター・ブルックと出会い、彼の国際演劇研究センターに所属、世界中で実験的な前衛演劇を上演してまわった経験を持っていらっしゃいます。日本の芸能全般に通じていて、さらにヨーロッパの演劇の最先端にいる上にオペラ演出でも大きな評価を得ているという人物を、私は彼の他に知りません。笈田さんの参加がなければ、この企画は実現しなかったか、あるいはもっと別の題材になっていたと思います」 《紫苑物語》のテーマは、「人間にとって“生きる”ということはどのような意味があるのかという永遠に答えの出ない問い」であると大野は言う。 「ここに登場する紫苑は別名“忘れな草”、つまりこれは自我の妄執に囚われていることの象徴です。一方で、世界が崩落した後に咲くのが“忘れ草”で、これは自我を超えた永遠なるもの。宗頼は歌、つまりアートの才能を持っていたわけですが、そこに背を向けて弓の世界に入り、さらには千草との性愛の世界も彷徨う。そうした彼の姿は、自分自身の存在に対する懐疑の表れであり、だから彼の足元には紫苑の花が咲くのです。しかし最後に、宗頼が死を賭した時に忘れ草が咲く、というのは、自我への妄執を捨て去った時に永遠なるものが生まれ出るということを表しているのです。人間の存在意義を問うこの物語のテーマは普遍的であり、それは、多すぎる情報に踊らされ、また人工知能に様々な職能が取って代わられようとしている現代社会に生きる私たちにも突きつけられている問題だと思います」 本作では、芸術監督就任後初めて大野和士がタクトをとり、ピットには彼が音楽監督を務める東京都交響楽団が入る。新たな「日本オペラ」の世界が幕を開ける準備は万端である。Information新国立劇場創作委嘱作品・世界初演《紫苑物語》原作:石川 淳 台本:佐々木幹郎 作曲:西村 朗指揮:大野和士 演出:笈田ヨシ 美術:トム・シェンク、衣裳:リチャード・ハドソン、照明:ルッツ・デッペ、振付:前田清実、監修:長木誠司出演/宗頼:髙田智宏、平太:大沼 徹、うつろ姫:清水華澄、千草:臼木あい、藤内:村上敏明、弓麻呂:河野克典、父:小山陽二郎合唱:新国立劇場合唱団 管弦楽:東京都交響楽団2019.2/17(日)14:00、2/20(水)19:00、2/23(土)14:00、2/24(日)14:00 新国立劇場オペラパレス 10/20(土)発売問 新国立劇場ボックスオフィス03-5352-9999 http://www.nntt.jac.go.jp/opera/
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