eぶらあぼ 2018.11月号
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179インタビュアーはつらいよ 音楽ジャーナリストをやっていると、アーティスト・インタビューの依頼がよく来る。読者はきっと、憧れの音楽家と会えていい仕事だと思うに違いない。羨ましいと感じる人もいるだろう。筆者も最初の頃(20年以上前!)は同じ気持ちで、喜び勇んでやっていた。ところがしばらくすると、これほど苦労が多くて大変な仕事はない、と思うようになったのである。筆者はインタビューの書き手としては下手ではないと思うのだが、それでもだ。 何が難しいのかと言うと、一瞬の出会いで、確実にいい話を聞かなければならないからである。例えばコンサート招聘元がセッティングしたインタビューには、明確なお題がある。特定の公演の宣伝をするのが目的なので、それに見合った話をしなければならないのだ。しかし、プログラムにあるからと言って、指揮者に「ベートーヴェンの交響曲第9番って、どう思いますか」等の漠然とした質問をしてはならない。もっと具体的に、特定の側面に光を当てて聞かなければ、相手は答えられないからである(こういう聞き方をしようものなら、この段階で「なんて愚かなジャーナリスト!」と見くびられてしまう)。相手が面白いと感じ、進んで回答してくれるような質問を考え、反応を見極めながら、話が弾むように誘導する必要がある。 困ったのは、展開が予想できないこと。準備段階では、「このアーティストなら、こういう回答をするだろう」とある程度当たりを付け、会話のシナリオを考えながら質問を作るのだが、ひとつの方向だけに照準を合わせてしまうと、まったく違う展開になった時に、質問が続かなくなってしまう。そのため、複数の回答の可能性を想定して、質問を考えるのである。Profile城所孝吉(きどころ たかよし)1970年生まれ。早稲田大学第一文学部独文専修卒。90年代よりドイツ・ベルリンを拠点に音楽評論家として活躍し、『音楽の友』、『レコード芸術』等の雑誌・新聞で執筆する。近年は、音楽関係のコーディネーター、パブリシストとしても活動。 もっとも一番大事なのは、相手に「この人は自分の演奏が分かっている」と思わせることだろう。「あなたの解釈は、ここがこのように素晴らしかった。そこに感動した」とそこここで言い、アーティストの心が開くようにする。筆者は、アンネ=ゾフィー・ムターとのインタビューで、彼女の弾く「タイスの瞑想曲」について、「G線の低音が、マリア・カラスのように官能的だった」と褒めた。すると彼女は、「我が意を得たり」とばかりに大喜びし、自分から次々と面白い話をしてくれたのである。 そうなったら、後はもうこっちのものだが、相手に気をつかい、こうした雰囲気を作り上げるまでが大変。しかも多くの場合、外国語でやらなければならない(もちろん、通訳を立てる人もいるが)。準備の労力、当日の気苦労、緊張を考えると、もうしんどくてできない、というのが正直な気持ちなのである。終わったら終わったで、そこで終了ではなく、肝心の原稿を書かなければならない。レコード会社や招聘元の担当者は、割と気安く頼んでくるのだが、インタビューする人間にとっては、相当にストレスフルで辛い仕事なのである。というわけで、最近はインタビューの依頼は、本当にそのアーティストに関心がない限り、受けないことにしている。城所孝吉 No.28連載

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