eぶらあぼ 2018.10月号
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31デビュー30周年に、思い入れ深い作曲家ばかりでプログラムを組みました取材・文:奥田佳道 11月、竹澤恭子が紀尾井ホールに帰ってくる。デビュー30周年をリサイタルで寿ぐ。 「紀尾井ホールで弾くのは、自分でも驚いているのですが、20周年の時以来です。表現を無理なく伝えることが出来るホールですね。響きがいいのは当然ですけれど、それ以上にアーティストと相乗効果を発揮するホールだと思います」 彼女はこの夏、ヴェローナでリサイタルを開催後、フランスはプラードのカザルス音楽祭とカリフォルニア州サンディエゴ郊外のラ・ホーヤ音楽祭に相次いで出演。夏の終わりにはセイジ・オザワ松本フェスティバルでハイドンの協奏交響曲を弾き、休む間もなく第10回インディアナポリス国際ヴァイオリン・コンクールの審査員を務めた。 竹澤は1986年に開催された第2回インディアナポリスの優勝者である。88/89年シーズンからカーネギーホールなど世界の檜舞台を行き来してきた。 「今回も大切なリサイタル。プログラムの最初はベートーヴェンのソナタ第10番です。ヴィルトゥオーゾ的な世界を超えた穏やかさが魅力ですが、簡単な曲ではありません。調和の精神や赦しに満ちています。表面的には易しいのですが、こちらがしっかり音楽に向き合っていないと、これほど弾きにくい曲もありません。でも今、私はこれが弾きたいのです。 30年の記念に、あらためてベートーヴェンを演奏したいと思ったときに、最初に浮かんだのがこのソナタでした。実は少し前から、この曲この曲、と心で叫んでいました。培ってきた経験なども生かせると思います。第1楽章はアレグロ・モデラートでヴァイオリンが歌い出します。お客様には余裕をもってお席についていただけるとうれしいです(笑)」 20周年のワールドツアーではブラームスのソナタ全3曲を弾き、レコーディングも行った。 「あの時たくさん弾いたブラームスとは違う世界、でもブラームスに連なる曲を弾きたい気持ちもありました。 ベートーヴェンはあらゆる意味で要ですよね。それでブラームスの『雨の歌』と同じト長調のソナタ第10番で始めて、プログラムの最後をマスターピースのソナタ第9番『クロイツェル』にしました。チャレンジでもあります。相反する2曲を弾くわけですから」 彼女の華やかなキャリアに寄り添ってきた烈しくも精妙なバルトークの「無伴奏ソナタ」、ユダヤの祈りに満ちたブロッホの「バール・シェム」全3曲もリサイタルの主役を演じる。「作曲家のイニシャルがみんな“B”なのは偶然です(笑)。バルトークは私にたくさんのチャンスを授けてくれた恩人です。32年前のインディアナポリスでコンチェルト第2番を、その後カーネギーホールで無伴奏ソナタを弾きました。私の活動はバルトークのコンチェルトとソナタで始まったのです。とくにコンチェルト第2番は何回弾いたか思い出せないほどです。 無伴奏ソナタもよく弾きましたが、その後は少し距離を置くようにしました。曲を見つめ直す時間が必要だったのです。今回は30周年ということで、弾きます。前とは違う自分に逢えそうな気がします」 アメリカを拠点としたスイス系ユダヤ人ブロッホについて語る竹澤の表情も素敵だ。 「ジュリアードで勉強している頃から、ブロッホの『バール・シェム』全3曲が好きでした。弾くのは2曲目の『ニグン』だけということもありましたが、今回は全曲です。 ユダヤ人のアーティスト、先生、たくさんの友人がいます。彼らは、ヴァイオリンの木と板を、存分に鳴らすと言うのですが、とても共感しますね。ユダヤ人ヴァオリニストの音は、温かみやうねりがあって独特でしょう。ブロッホを弾くたびに、私、血が騒ぐのです」 ピアノは30年近く共演しているイタリアのエドアルド・ストラッビオリ。 「イタリア・ツアーでご一緒することが多いです。エドアルドとはブラームス、ドビュッシー、プロコフィエフ、リヒャルト・シュトラウス、ストラヴィンスキーなどを演奏してきました。お互いリスペクトしています。ダイナミックなピアノで、イタリア人ならではのエスプレッシーヴォが魅力ですが、学究肌でもあります」 竹澤恭子の歩みと今、近未来を映し出すリサイタル。万難を排して出かけたいライヴが近づいてきた。Information竹澤恭子ヴァイオリン・リサイタル11/8(木)19:00 紀尾井ホール問 紀尾井ホールチケットセンター03-3237-0061http://www.kioi-hall.or.jp/

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