eぶらあぼ 2018.9月号
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32原田慶太楼Keitaro Harada/指揮取材・文:柴田克彦 写真:中村風詩人 現在シンシナティ響と同ポップス・オーケストラでアソシエイト・コンダクターを務める原田慶太楼。近年は日本でも活躍し、東京フィル、東響、新日本フィルなどに客演している彼は、今秋のブルガリア国立歌劇場日本公演で《カルメン》を指揮する。 まずはその日本人離れした経歴が興味深い。 「東京生まれですが、ずっとインターナショナル・スクールに通い、17歳のときにアメリカに渡りました。須川展也さんのCDに感嘆してサックスを始めた後、ほとんどすべての木管楽器とホルン、ヴィオラをやっていたので、複数の楽器演奏が不可欠なミュージカルのピット・ミュージシャンを目指したのです。そこでミシガン州のインターラーケンの芸術高校に入ったのですが、交際を願った女性の母親から『世界的な指揮者になるのなら、娘と付き合っていい』と言われて、学校で教えていたフレデリック・フェネルのレッスンを受け始めました」 そこからさらに原田は驚異的ともいえる“行動力”を発揮する。 「インターネットの動画を見て、ゲルギエフ、テミルカーノフ、ビシュコフなどロシアの指揮者に惹かれ、高校卒業後すぐにサンクトペテルブルクへ行って、彼らが学んだ名教師イリヤ・ムーシンの弟子に師事しました。アメリカの一般大学に在籍しながら年に4〜5回はロシアに行き、21歳のときにモスクワ響を指揮してプロ・デビュー。さらにアメリカでは、マゼールに電話して弟子入りし、彼の家に住み込んでアシスタント生活をしました。そして2010年、タングルウッド音楽祭でレヴァインのアシスタントを務め、小澤征爾フェロー賞を受賞。このとき病気のレヴァインの代役をドホナーニと二人で務めて、リハーサルなしで《ナクソス島のアリアドネ》を指揮し、正式にオペラ・デビューしました。その後アリゾナ・オペラのアソシエイト・コンダクターとして同分野でのキャリアを積みました」 その経験が生きるブルガリア国立歌劇場の《カルメン》は、17年11月の現地プレミエから複数回指揮しただけでなく、プロダクション自体にも関わっている。「劇場総裁で新演出を手がけるプラーメン・カルターロフさんと話した際、私は『今回はどうしてもレチタティーヴォ(を挟む版)はやりたくない』と言いました。その部分はビゼーの作ではないし、セリフの方が展開が早いからです。そこでレチタティーヴォに基づく簡単なフランス語の台本を私自身が書きました。そして4週間滞在して全歌手のピアノ稽古に立ち会い、フランス語をチェックしたのです」 同歌劇場には元々備わっている“地力”がある。 「ブルガリアには青少年の合唱で知られているように歌の文化があり、歌手は声が強くて体力的にもタフです。歌劇場のオーケストラも同国ではトップの実力で、弦が力強く、演奏経験が豊富。その上レパートリーを深く理解しています。また主役のナディア・クラスティヴァさんは生まれながらのカルメン歌い。当劇場を経てウィーン国立歌劇場のメンバーになり、スカラ座やMETでも歌っています。もう一人のゲルガーナ・ルセコーヴァさんは若手の期待株。彼女も凄くいい歌手です」 今回のプロダクションは、他にない特徴を有している。 「当初から日本公演が決まっていたので、カルターロフさんは“和の文化”を取り入れ、能と古代ギリシア劇をミックスしたようなプロダクションを作りました。舞台の中央にある円内ですべてが進行し、コーラスは真っ黒な衣装で表情の異なるマスクを被っています。皆驚くのは、第4幕前半部分のコーラスが舞台裏で歌い、舞台上では第3幕の最後に故郷へ帰ったホセとミカエラのやりとりが再現されること。これはかなりドラマティックです。全体的には微妙に変化する照明によって美しく描かれていますし、《カルメン》をこれほど面白くできるのか! と感心させられるほど。観れば絶対に何かを感じていただけると思います」 何より《カルメン》というオペラ自体が最高に魅力的だ。 「素晴らしいメロディとハーモニーばかりの2時間半。音楽の凄さは、オペラでは稀な管弦楽用の組曲が作られていることにも表れていますし、皆が口ずさめるメロディが次々に登場します。初めて観るオペラとしても最適ですね」 現地で大成功を収め、「追加公演が15回も行われている」というこの《カルメン》。原田の指揮ともども大注目だ。取材協力:すみだトリフォニーホール

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