eぶらあぼ 2018.9月号
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187スタジオ録音はライヴ録音よりも質が高い?(前編) CDの批評を読んでいて、時々気になることがある。「この録音はスタジオ録音なので、(ライヴ録音に比べて)より綿密に作られ、内容的にも充実したものとなっている」という主張である。つまり、「スタジオ録音は、特別にセットされた環境なので、練り込みが可能で、より完成度の高いものを作ることができる」という論旨だ。確かにそれは、室内楽やピアノ・ソロの録音では、当てはまるだろう。グレン・グールドは、30代に入ると演奏会は行わず、録音だけの活動だったが、スタジオで納得がいくまで録り直しを行い、完成度の高いアルバムを作った。音程やアンサンブルの精度が要求される弦楽四重奏等でも、スタジオ録音の方が有利に違いない。 しかし、話をオーケストラやオペラの録音に限定すると、筆者はスタジオ録音がより高い質を保証するとは思わない。過去25年間に体験したレコーディング・セッションの多くが、あまり創造的な環境とは感じられなかったからである。 通常オケの録音は、1日に3時間のセッションを(昼休みを挟んで)2回行う。CD1枚の場合、それを3〜4日間繰り返すが、多くの場合、テイクは録音初日、しかも最初から録られる。オケが知らない曲ならば別だが、スタンダードな曲ならば、リハーサルなしで収録されることも稀ではない。特に、オケ・パートがあまり複雑でないコンチェルト等の場合、そうなるケースが多い(ソリストは万全の準備をしてあるため、それでも大丈夫なのだ)。一度楽章全体を通した後、セッション数の範囲内で、縦線が揃っているテイク、間違いがないテイクを録って、完成度をキープ。最後にもう一回通し、(技Profile城所孝吉(きどころ たかよし)1970年生まれ。早稲田大学第一文学部独文専修卒。90年代よりドイツ・ベルリンを拠点に音楽評論家として活躍し、『音楽の友』、『レコード芸術』等の雑誌・新聞で執筆する。近年は、音楽関係のコーディネーター、パブリシストとしても活動。術的によりこなれた状態で)音楽的流れを確保する、という算段である。セッションの数は必要最低限であり、必ずしも「練り上げる」ことのできる回数とは言えない。レコード会社は日数でオケのギャラを払うので、短ければ短いほどコストが下げられるのである。 オペラの場合は、もっと極端だ。収録が、舞台(場面)の順番で行われることはまずない。合唱が必要とされる曲を集中的に録り、それが終わった段階で、合唱団員は任務終了。その後も、ソリスト全員が必要とされるナンバー、オケの編成が大きなナンバー(木管、金管、打楽器等が全部必要)が優先され、収録プランは現場での実際的な都合に左右される。合唱があるという理由で、第1場と最終場が連続で録られる、ということもしばしば。出来上がった演奏に、ドラマの内的なつながりがあるとは、言えないかもしれない。 このように、単にプランニングの実際面を見ただけでも、スタジオ録音が自動的に質を保証するとは断じられない。「セッションだから丁寧に作れる」という仮定自体が、現場の現実と一致しないのである。もっともそれ以上に重要なのは、「人間的な」側面かもしれない。オケの場合、率直なところライヴの方が良いものができると思うが、これらの点については次号で。城所孝吉 No.26連載
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