eぶらあぼ 2018.8月号
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14森 麻季Maki Mori/ソプラノ人の心に寄り添えるような音楽を届けられる歌手でありたい取材・文:室田尚子 写真:藤本史昭 デビュー20周年を迎えたソプラノの森麻季が2011年以来続けている「愛と平和への祈りをこめて」シリーズ。その第8回が、9月16日に東京オペラシティ コンサートホールで開催される。このシリーズは、彼女が01年にワシントンで米国同時多発テロに遭遇したことに端を発している。 「ちょうどこの時私は、ワシントン・ナショナル・オペラの舞台で《ホフマン物語》のオランピアを歌うことになっていました。9月11日はそのゲネプロの日で、もちろんそれはキャンセルになったのですが、街中に武装した警官がいて、空を見上げれば戦闘機が飛んでいました。本番は3日後。毎日冗談ばかり言っているようなアメリカ人のスタッフや歌手たちも、この日ばかりは『今日はひとりでもお客さんが来てくれたら最高のパフォーマンスにしよう!』と言い合っていたのですが、なんと、幕が開いたら客席は満員だったのです。大勢のお客様が『芸術が平和を呼ぶように!』と声をかけてくださったことを今でも忘れることができません」 東京藝術大学に学び、文化庁オペラ研修所修了後ミラノとミュンヘンに留学。順風満帆の歌い手人生をスタートさせた森にとって、それまで音楽とは自分のキャリアや技術と結びついたものだったが、この日を境に、「まわりの人たちや社会に大きな影響を与えているもの」だという認識に変わったという。音楽が「人々がともに願いを寄せたりする場」になるのだ、という思いはその後も彼女の中に生き続け、それから10年後の2011年9月に「愛と平和への祈りをこめて」シリーズが産声をあげることになった。 「第1回は東日本大震災の半年後。まだまだ震災の被害が生々しかった時でしたので、追悼と鎮魂の意を込めて、モーツァルトやフォーレ、ヴェルディのレクイエムからの曲を歌ったりしました。最近では、色々な作品を取り上げていますが、愛や平和を考える機会にしたいという思いはずっと変わっていません」 東日本大震災から7年経た現在でもその記憶は決して消えるわけではないし、またその後も日本は熊本地震など、いくつもの災害に見舞われている。 「被災地を訪問したこともありますが、後でその時にコンサートを聴いてくださった方から“あの時に聴いた曲が忘れられない”といった声をいただくと、音楽の力というものを強く感じます。音楽によって前を向く力、今日をがんばろうという力を届けることができるように、このシリーズはこれからも続けていきたいと思っています」 今回のコンサートはさらにニュー・アルバム『森麻季 Song Book—愛唱歌集—』のリリース記念公演でもあり、プログラムも「麗しのアマリッリ」「歌の翼に」「アメイジング・グレイス」などアルバムからの曲目が中心になる予定だ。 「聴いていてホッとできるような聴きやすい曲を集めたので、例えばお掃除しながらとか、夜寝る前にとか、ちょっとした時間に聴いていただけるCDになっていると思います。私自身そうなのですが、心にふと隙間が空いたような時、クラシック音楽はとても沁みいるんですよね。そんな人の心に寄り添えるような音楽を届けられる歌手でありたい、という気持ちを込めてつくりました」 森麻季の透明で繊細な歌声は、聴く人の心にスッと入ってくるという特徴がある。彼女の歌に励まされたり、勇気づけられたりしたという聴き手は多いのではないか。それは彼女が、何よりも歌の力を信じ、歌への愛をひとりでも多くの人に伝えたいと願っているからに他ならない。 「私はこれまでに自分が出会ってきて“いいな”と思った曲を歌っていますが、その“いいな”を色々な人と共有したい。ですから、コンサートも気軽に聴きにきていただきたいです。ハッピーな方も、そうでない方も、あるいはクラシックが大好きな人も、あまり聴いたことがないという人も、どうぞ色々な聴き方で楽しんでください。そして、みなさんの日常の中で“歌っていうのもなかなか素敵だな”と感じていただければこれほどの喜びはありません」 森は来年1月に鈴木優人(オルガン/ピアノ)との共演で「アフタヌーン・コンサート・シリーズ」にも出演する。こちらも楽しみだ。
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