eぶらあぼ 2018.6月号
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49アラン・ギルバート(指揮) 東京都交響楽団楽団との絆を一段と深めて切り拓く新たなステージ文:飯尾洋一都響スペシャル アラン・ギルバート首席客演指揮者就任披露公演7/15(日)、7/16(月・祝)各日14:00 サントリーホール問 都響ガイド0570-056-057 http://www.tmso.or.jp/ 東京都交響楽団の首席客演指揮者アラン・ギルバートの就任披露公演が、この7月に開かれる。2011年7月に都響に初登場して以来、たびたびの名演で客席を沸かせてきたギルバートが、同楽団との絆を一段と深めて新たなステージへと向かう。これまでにニューヨーク・フィル音楽監督をはじめとする要職を歴任し、ベルリン・フィルやロイヤル・コンセルトヘボウ管といったトップクラスの楽団にたびたび客演するギルバートをこのポストに迎えたことは、都響にとっての大きな財産となりそうだ。 今回の就任披露公演のプログラムは、シューベルトの交響曲第2番とマーラーの交響曲第1番「巨人」という組合せ。シューベルト作品は18歳で書かれた若き日の傑作。モーツァルトやベートーヴェンといった先人たちの影響をにじませながらも、はつらつとしてのびやかな躍動感と抒情性はシューベルトならでは。フレッシュで勢いのある意欲作は、就任披露にふさわしい。 マーラーはシューベルトと時を隔てて同じウィーンで活躍した作曲家。完成形に至るまでには数年にわたる紆余曲折のあった「巨人」だが、24歳頃から作品に取り組んだことを考えれば、これもまた若き日の意欲作である。マーラーの演奏に関しては、都響にはインバルら名指揮者たちによる輝かしい伝統があるが、ギルバートにとってもマーラーは重要なレパートリー。どんな化学反応が起きるのか、興味津々。アラン・ギルバート ©T.Tairadateアンドリュー・リットン(指揮) 新日本フィルハーモニー交響楽団世紀末ウィーンの香り漂う刺激的な音楽紀行文:江藤光紀第590回 定期演奏会トパーズ〈トリフォニー・シリーズ〉6/29(金)19:00、6/30(土)14:00 すみだトリフォニーホール問 新日本フィル・チケットボックス03-5610-3815 http://www.njp.or.jp/ 6月のトリフォニー・シリーズでは、オーケストラ・ビルダーとして評価が高く、日本でもおなじみのアンドリュー・リットンのタクトで、爛熟したウィーンの精神的水脈をディープに遡行する。 まずは歌劇《ルル》組曲から。性的魅力で男を滅ぼすファム・ファタル(運命の女)は世紀末芸術のアイコンの一つだが、この退廃的な女性をアルバン・べルクは濃厚なオーケストレーションでオペラ化した。第3幕を残したまま世を去ったため歌劇は完成しなかったが、ソプラノと管弦楽のための組曲がそのエッセンスを示してくれる。晩年の《ルル》に対し、異端の詩人に付曲した「アルテンベルク歌曲集」はベルク初期のスタイルを伝える。絵葉書に書きつけられた短い詩句が、管弦楽が織りなす無調の絨毯の上を浮遊する。 マーラーの交響曲第4番「大いなる喜びへの賛歌」は、重苦しい前半とは打って変わって鈴の音に導かれ天上の生活が歌われる。この旋律は「子供の魔法の角笛」の歌曲を引用しており、つまりは管弦楽伴奏へと拡大されたリートが交響曲へと組み込まれているわけだが、ここに一見対比的なベルクを生んだウィーン世紀末の源流を見ることができよう。マーラーは無調や十二音音楽で知られる新ウィーン楽派の、同時代における数少ない理解者でもあった。 この刺激的な音楽旅行で歌の翼の役目を果たすのは、フランス在住ながら東京の声楽シーンでもますます存在感を増している林正子。不安を掻き立てるベルクからマーラーの朗らかな歌まで、幅の広い表現を聴かせてくれるだろう。林 正子 ©anjuアンドリュー・リットン ©Danny Turner Courtesy of the Dallas Symphony Orchestra

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