eぶらあぼ 2018.6月号
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203 しかし終戦後は北朝鮮に渡り、朝鮮戦争後は国交が途絶えたまま、生死すら定かではなかった。現在では娘や弟子の存在もわかっていてだいぶ情報は出てきたが、不明な点は山ほどある。さらに崔は韓国の舞踊史においてもモダンダンスの祖とされることが多い。数年前、日本に滞在していた韓国人ダンサーは「自分の伝統舞踊のルーツは崔承喜だ」と言っており、どうやら崔承喜がまとめた伝統舞踊の教本がけっこういまも使われているらしい。 で。その崔承喜の師匠の石井漠は、現在オレがアドバイザーをしているダンスフェスティバル『踊る。秋田』にその名を冠されている。石井漠が秋田出身だったからだが、2年くらい前、フェスティバル・ディレクターの山川三太氏とソウルに行ったときに韓国の舞踊研究者と話をした。北朝鮮と韓国の研究者が崔承喜について合同で研究会を行っているそうだ。「まずは『ダンサーの共同研究』で、北朝鮮の舞踊研究者と交流し協力する実績を重ね、融和の突破口にしたい」という。つまり民間でも、様々なチャンネルを通じて草の根の交流を続けていたわけだ。もしも日本のダンス・フェスティバルがそういう動きに連動して、国を超え、朝鮮半島の南北融和に一役買えたら、本当に素晴らしいと思う。 ま、この号が出る頃の状況は予断を許さない、というのが現実なんだがね…。第44回 「ノーベル賞作家が熱愛した『半島の舞姫』」 それにしても、北朝鮮と韓国の首脳会談がこうも早く実現するとは驚いた。一連のオリンピック関連の騒動やトランプ米大統領との「ミサイル撃つぞ」の応酬も、すべてこのためのお膳立てにすら思えてくる。 さらに驚いたのは、長らく「朝鮮戦争以来の戦争状態(の休戦状態)」だった両国が年内に「終戦宣言」に合意する見通しとなったことだ。となると、徴兵制が廃止、少なくとも大幅に緩和される希望が出てくるんじゃないのかっ! この連載でも書いてきたが、徴兵制をとっている国は少なくなく、多くの有為なダンサーが20歳代前半の、つまりダンサーにとって最も重要な1年なり2年なりを無駄にさせられているのだ。もうね、ホントふざけんなよマジで、という状況が続いていたのである。重要な大会で優勝したら兵役免除になる国もあるが、これからは志願制との併用など、段階的にでも緩和していってほしいものだ。 あともうひとつ、南北融和とともにぜひとも進めてほしいのが「半島の舞姫」といわれた崔承喜(さい・しょうき/チェ・スンヒ)の研究である。 彼女は、ノーベル文学賞作家の川端康成が「もう一度、踊りを見たい」と熱望した戦前のスターダンサー。戦争末期の昭和19年、日本の帝国劇場を20日間ソロ公演で満員にするという絶大な人気を誇りながら、消息不明になってしまったのだが…。 崔承喜は日本に併合されていた戦前の朝鮮半島出身で、日本のモダンダンスの開拓者だった石井漠に弟子入りした。そこでモダンダンスとともに朝鮮舞踊を交えた独自のダンス・スタイルを生み出し、海外公演も行い、映画やレコードも大ヒットしていたのである。Proleのりこしたかお/作家・ヤサぐれ舞踊評論家。『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』『ダンス・バイブル』など日本で最も多くコンテンポラリー・ダンスの本を出版している。うまい酒と良いダンスのため世界を巡る。http://www.nori54.com乗越たかお

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